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読売新聞で振り返る五輪名場面

ライオンと「にらめっこ」してレスリング強国に

メディア局編集部 二居隆司

種目別で3位の金メダル数

  • レスリング初の金メダル獲得を報じる1952年7月24日付読売新聞夕刊1面
    レスリング初の金メダル獲得を報じる1952年7月24日付読売新聞夕刊1面

 日本のお家芸の一つ、レスリング。種目別の金メダル獲得数でみると、柔道36個、体操29個に次ぐ3位で、28個の金メダルをわが国にもたらしている。ちなみに金メダルの獲得数が2桁を超えているのは、水泳20個を含めて4種目しかない。

 初のメダルは、戦前の1924年パリ大会、フリースタイルのフェザー級で内藤克俊が銅メダルを獲得している。ただ、内藤はアメリカの大学に籍を置いての出場で、日本からの選手派遣は32年のロサンゼルス大会からだ。

 初めての金メダルは、52年のヘルシンキ大会、フリースタイルのバンタム級で石井庄八が獲得した。同年7月24日付読売新聞夕刊1面は、「初の君が代響く」「石井 レスリングバンタム級に優勝」「フィンランド人も“バンザイ”と祝辞」の見出しで、その快挙を報じている。

柔道有段者が強さを解説

 記事の中には、「日本にレスリングが生れて廿余年目」とある。となると、28年(昭和3年)前後に日本でレスリングが始まったことになる。同じ夕刊の社会面には、わが国におけるレスリングの歴史がよくわかる記事が掲載されている。石井の金メダル獲得を受け、「日本のレスリングはなぜこんなに強くなったか」をレスリング草分け時代に柔道から転じてロサンゼルス大会に出場した小谷澄之八段にインタビューしているのだ。見出しには、「生かした柔道の下地」「無敵レスラー生る」とある。

  • 1952年7月24日付読売新聞夕刊社会面は、柔道有段者が日本レスリングの強さの秘密を解説するインタビュー記事を掲載
    1952年7月24日付読売新聞夕刊社会面は、柔道有段者が日本レスリングの強さの秘密を解説するインタビュー記事を掲載

 小谷によると、「われわれ柔道選手がはじめてレスリングを習ったのは大正12年(1922年)」のことで、ペンシルベニア大学の内藤選手(柔道三段)が帰国し、東京高等師範学校で1週間、講習してくれたという。これに続いて、「24年パリのオリンピックで内藤選手が3位になった」となるので、先の内藤選手は内藤克俊だということがわかる。

 さらに、内藤が3位になったことで、「われわれ柔道の連中も気負い立った。そして、32年ロサンゼルスのオリンピックに八田、宮崎、加瀬、私と講道館四、五段の猛者が出場した」とある。

2016年08月08日 12時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun