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    小平、信州大入試が「人生の選択で一番の勝負」

    • 小平選手(手前)を見守る結城コーチ(昨年12月29日、長野市のエムウェーブで)
      小平選手(手前)を見守る結城コーチ(昨年12月29日、長野市のエムウェーブで)
    • 喜びを語る小平選手(19日、韓国・平昌で)=守谷遼平撮影
      喜びを語る小平選手(19日、韓国・平昌で)=守谷遼平撮影

     「覚悟を持って自分の行きたい道に行くということには、ものすごく自信を持っています」。

     金メダルから一夜明けた19日の記者会見で、他人に負けない点を問われた小平奈緒選手(31)(相沢病院)は、こう答えた。これまで進む道を自ら切り開いてきた自負がのぞいた。

     小平選手が「人生の選択で一番の勝負だった」と振り返るのが、信州大の入学試験。高校の全国大会で活躍した選手の多くが練習環境の整った実業団に進む中、長野五輪で清水宏保選手を金メダルに導いた結城匡啓まさひろコーチ(52)の下で学ぶために同大を希望した。

     長野県伊那市の伊那西高で3年間担任だった奥田綾子教諭(43)は、小平選手が「文武両道でないと、トップは目指せない」と話したのを覚えている。国立大学の信州大には、スポーツ推薦はなかった。大会出場で学校に来られない時は、事前に教員から課題をもらったり、遠征先でメールで受け取ったりして勉強していた。

     入試の前日は「これで人生が決まる」と思うと、食べたものをすべて戻してしまうほどの緊張に襲われた。18日の平昌五輪500メートル決勝前に「きょう試合するのかなってぐらい、ごはんをぱくぱく食べていた」(結城コーチ)のとは対照的だった。

     人生で一番の緊張を乗り越え、信州大に入学した小平選手。指導を受け始めて、結城コーチに「滑りを変えないと世界はない」と指摘されたが、素直に聞き入れることができた。気づいたことを教室で指摘し合う座学など、その指導は新鮮で発見の連続だったからだ。

     信州大卒業後も、結城コーチの指導を受けながら県内で練習することを条件に、企業を探した。卒業式が終わっても所属先が決まらず「無職」も覚悟したが、4月中旬になって相沢病院が受け入れてくれた。「応援してくれる輪が、両親や家族から、地域や社会に広がった。その人たちを笑顔にしたいという思いが強くなった」

     前回ソチ五輪後、単身オランダにわたり2年間の修業を経て帰国した小平選手は「やはり結城先生が世界一と思った」と信頼を強めた。一方、結城コーチは「すごいおおらかになって、『何とかなりますよ』と言われることが増えた」と心の変化を感じ取ったという。

     帰国した時点で平昌五輪まで22か月。そこからは、結城コーチが「まさかここまで」と驚くほど、強化は順調だった。小平選手は金メダル後の会見で、今後について「駆け抜けている途中なので、ゴールはまだ見えてきません」と答えた。次の「行きたい道」の先には何があるのか。小平選手は止まらない。(北條豊)

    2018年02月21日 07時56分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

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