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アジアを巡った聖火…56年前のリレーを目撃したカメラマン

   
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 東京オリンピックの聖火が3月12日にギリシャのオリンピアで採火される。1964年東京大会では、ギリシャで採火された聖火が海外12都市を経由してアメリカ占領下だった沖縄へ、そこから日本本土に運ばれる「国外聖火空輸プロジェクト」が敢行された。当時、読売新聞写真部員としてギリシャに特派され、沖縄まで1万5000キロ余の聖火の旅を追った丸山和美さん(89)に思い出を聞いた。(読売新聞オンライン)

 <<当時は1ドル360円の固定相場制。この年(1964年)4月に観光目的の海外渡航が自由化されたが、海外旅行は庶民にとっては高根の花だった>>

現役時代の愛機を手に思い出を語る丸山和美さん
現役時代の愛機を手に思い出を語る丸山和美さん

 当時、外貨の国外持ち出しは500ドルまででした。私のギリシャ派遣が社内で決まったのが8月21日の採火式の1か月くらい前で、パスポートが発給されたのは8月3日。私は入社12年目の34歳で、生まれて初めての海外旅行でした。

 仕事の持ち物はカメラ、フィルムのほか組み立て式の引き伸ばし機、現像用の薬品、現地の電圧に対応した電球など。時間がなくて準備はドタバタでした。日本を北回りの飛行機で出発し、アンカレジ(アラスカ)、パリを経て、最後は五輪マークのついた飛行機でギリシャに入りました。

 <<採火は、古代オリンピック発祥の地、オリンピアのヘラ神殿跡で巫女(みこ)に扮した女性により伝統的な儀式として行われる。本番では社ごとの撮影は許可されず、報道陣は前日のリハーサルを取材する。このやり方は今もほぼ同じだ>>

丸山さんが撮影した採火セレモニーのひとこま(1964年8月22日読売新聞朝刊掲載)
丸山さんが撮影した採火セレモニーのひとこま(1964年8月22日読売新聞朝刊掲載)

 私はオリンピアには泊まれず、15キロほど離れたピルゴスという町に宿泊しました。採火式は、巫女役が凹面鏡で太陽の光を集めて聖火にします。祭事の主役はギリシャの女優のアレカ・カッツェリでした。リハーサルの日は関係者がぱらぱらといる静かな感じでしたね。

 翌日の本番には、ギリシャ国王が参列しました。日本へ聖火を空輸する派遣団ら大勢の関係者が見守る中、採火された聖火が古代オリンピア競技場で、国王から第一走者のマルセロス選手に渡されました。その瞬間を聖火の正面から撮った私の写真が新聞の一面に大きく掲載されました。

 <<写真は今のようなデジタル送信ではなく、フィルムを現像してプリントしてからアナログ送信していた>>

 撮った写真は風呂場に暗幕を張った「簡易暗室」で現像しました。日本には国際電話回線で送るのですが、すごく待たされますからね。そこで一計を案じ、まったく関係ない大きめのサイズの写真をダミーとして数枚用意し、それを東京に送り続けて回線を確保し、新聞用の写真が撮れたところで急いで写真電送機に付け替えました。日本に戻ってから上司に「君の電話代で、小型自動車が1台買える」って苦笑いされた。

 <<聖火はギリシャ国内をアテネまでリレーした後、日本航空の空輸特別機DC―6B「シティ・オブ・トウキョウ」号に載せられて離陸。東京への長い旅が始まった>>

 こっちは特別輸送機には乗れないから、ビジネスフライト(商用便)で可能な限り先回りしたり追っかけたりするわけです。僕が行けたのはアテネのほか、ベイルート(レバノン)、テヘラン、ニューデリー、バンコク、マニラだったかな。聖火の写真も撮ったけれど、それ以外に初めての海外で、見るもの聞くものすべてが新鮮だった。

 イランの競技場では貴賓席のすぐ近くまで行けて(そこにいた)女性貴族が美しかった。インドでは宮殿の美しさに心奪われた。マニラではカバンを両足で押さえながら撮影していたらフィリピン人の青年が近づいてきて「恥ずかしいことだが、(泥棒が多い)我が国ではそれではだめ。ちゃんと手で持ちなさい」と言われたことを今でも覚えています。

 <<それぞれの寄港地で熱烈な歓迎を受けた聖火が沖縄に到着したのは、アテネを出発してから16日目の9月7日だった。香港で輸送機が台風のために機体を損傷するトラブルがあり、1日遅れての到着だった。当時、日本本土から沖縄に渡航するには政府発行の「身分証明書」が必要だった。丸山さんの証明書には「記事取材のため南西諸島へ渡航する」などの文字が見える>>

当時、本土から沖縄に渡航するために必要だった「身分証明書」。そこには「南西諸島へ渡航」の文字も
当時、本土から沖縄に渡航するために必要だった「身分証明書」。そこには「南西諸島へ渡航」の文字も

 私は先に沖縄に着き、那覇空港で聖火の到着を待ち構えていました。関係者の立ち入りは厳しく制限されていたはずなのに、アメリカ軍将校の知人と思われる民間人が近くまで入っていました。思わず日の丸の鉢巻きを締めて「出て行け」って叫んでいました。

 聖火ランナーがスタートすると、後ろから我々報道陣が車でついて行くのですが、「隊列を乱したら憲兵に銃で撃たれる」と脅かされました。でも写真は時間が勝負だから、あらかじめタクシーを手配しておき、前の車を追い越してランナーを撮影しました。おかげで、読売だけ夕刊に間に合いました。

 <<丸山さんは渡航先で新聞掲載用とは別に資料用としてカラー写真も撮影し、その貴重なフィルムを今も大切に保管している。オリンピック期間中には柔道無差別、神永昭夫―アントン・ヘーシンクの決勝戦も取材した。56年前の東京オリンピック取材はどんな経験だったのか>>

 日本で初めてというよりもアジアで初のオリンピックというところに感動しました。今と違って自由な時代だったし、その場に立ち会えて幸せだった。若者は海外に出てどんどん見聞を広めなければだめと思いましたね。

 柔道は2階席から撮っていました。神永が畳の上に崩されて、ヘーシンクに抑え込まれたのをみて、もうダメだと思いました。柔道も相撲も、足元を見てろって言われていました。

 丸山さんの撮影したカラー写真などで聖火の1万5000キロの旅をたどります。スライドショー「ギリシャ発、アジアを巡った聖火」はこちら

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