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国民的スポーツともいえる野球。スタジアムに行って声を枯らして応援する、テレビの前でくつろぎながらひいきの球団に声援を送るなど、楽しみ方も様々あるが、さらに「データで楽しむ」という方法もある。スポーツナビをはじめとしたウェブサイトで展開されている「一球速報」では、試合データをリアルタイムで見ることができる。このサービスを手掛けているデータスタジアム株式会社に、一球速報の裏側や、野球をもっと楽しむ見方などを聞いた。
目線の動きは職人技

データスタジアム社は野球にとどまらず、様々なスポーツのデータを収集、分析し、メディアやチームに提供する会社だ。その代名詞が野球の「一球速報」だ。プロ野球や高校野球、国際大会などの試合を対象に、文字通り一球ごとにリアルタイムでデータを配信する。球場やテレビで観戦できなくても、スマートフォンなどで試合の状況を刻一刻と知ることができる。そんな一球速報、実はほぼ人力で更新されているのだ。
データの入力作業は、担当者が映像で試合を視聴しながら逐次行う。一球ごとに、ピッチャーの投げた球種や球速、コース、空振りや安打などの結果を目視し、専用のシステムに素早く入力する。安打などで打球が飛んだ場合は、ボールの飛んだ先や捕球した選手の守備位置、ランナーがどの塁まで進んだかなどの情報も記録しなければならない。加えて、「バットが折れた」「ヒットエンドラン」「バンドの構え」など、スコアにも載らず、記録には残りにくい細かな動きも拾っていく。
ピッチャーが投げる球種については、ボールの軌道だけでどの変化球かを見極めるのは簡単ではない。そのため、球筋以外のさまざまな部分を目で追っている。「ワインドアップ(振りかぶり)からテイクバック(腕を後ろに引く)、リリース(ボールが指を離れる)までの間に、投手のボールの握り方、捕手の構え方、ミットの位置などを見て、球種をある程度推測します。投げた後は、球筋はもちろん、打者のスイングの仕方なども見ながら(球種を)判断していきます」と、ベースボール事業部の山田隼哉さんは語る。
今どき、球種はAIを使えば判別できるようにも思えるが、例えば同じ縦に落ちる変化球でも、フォークやスプリット、チェンジアップなどさまざまな球種がある。そのため、ボールの軌道だけでは変化球の種類を特定できない。人の目で見て、前述した「ボールの握り方」「打者のスイングの形」などから、総合的に判断して入力する。当然、各投手が投げられる変化球の種類は、事前に知っておかなければいけない。
通常の試合観戦ではただぼんやりと画面を見ているだけだが、データの入力となると、目線が次々と動く。キャッチャーの構えを見て、ピッチャーの手元を見て握りを確認して、投げられたら球筋から球種を判断する。その後、空振りか見逃しか、カウントはどうなったかを素早く確認し、データの入力を行う。ピッチャーの投球間隔は15~30秒程度と言われているが、その間に多くの要素を見て、判断し、入力していく。「職人技といってもいいかもしれませんね」と山田さんは話す。
試合中は、その入力を原則、1人で行う。試合の映像を流すモニター1台と、入力用のパソコン1台を並べ、約2~4時間、画面の前に張り付きっぱなしだ。トイレに行けるタイミングは、5回裏終了後のグラウンド整備の間くらい。手入力である以上、間違いが起こったらすぐに修正するが、経験を積むに連れ、正確に、素早く入力できるようになっていくという。当然、いきなり実際の試合の入力はできないため、担当者は1~2か月程度の研修を経て実務につくことになっている。これらの職人芸に支えられて、一球速報は手元に届いているのだ。
プロチームを支えるデータ

こうして得たデータをファンに届けること以外にも、チームや競技団体向けのサービスを行っており、もう一つの主力事業となっている。野球であればデータを通して、プロ・アマ問わず多くのチームの強化をサポートしている。
チームに提供しているデータの内容は「非公開」(山田さん)だが、生身のデータをただ提供するだけでなく、データについての知見を添えるよう心掛けているという。「データから『どのようにプレーしたほうがいいか』『どんな課題があり、どう克服したほうがいいか』などを考察し、球団のアナリストや首脳陣に伝えています」と山田さん。蓄積されたデータは20年分ほどあるため、過去との比較や、検証も可能だ。
近年はほとんどの球団が、チームの強化にデータを役立てている。シーズン中は同じ相手と対戦する機会が多く、選手もある程度データが頭に入っているという。オリンピックやワールド・ベースボール・クラシック(WBC)などの国際大会で、海外のチームと対戦する大会では、データの価値がより一層高まる。対戦経験がない選手のデータを、対戦経験のある国内の選手と比較し、「あの選手に似ているから、こういう対策をすればよい」といった準備ができるためだ。国際大会に臨む選手の不安を軽減するのにも、データが役立っている。
データを知ると、野球はもっと面白くなる

アメリカ大リーグでは、日本に比べデータ活用がより深く根付いている。「スタットキャスト」と呼ばれる解析システムが代表的で、全30球団の本拠地に備え付けられた高性能カメラと弾道測定器を使って、ボールと選手の位置や動きを追いかけ、本塁打の飛距離や角度、野手の移動速度などさまざまな数値を瞬時に計測する。
プレーからわずか数秒後には、リプレー映像を含む各種情報を見ることができるため、ファンはデータに触れながら観戦ができる。「今の打球は時速180キロ出ていた」「あのファインプレーは1%くらいの確率でしか起こりえない」「この打者は左方向への打球が多いから、それを読んだシフトを守備側が敷いていた」など、データに基づいた観戦を楽しんでいる。
日本でも「トラックマン」という弾道測定システムが導入されており、テレビ中継時に細かなデータを画面に表示するサービスを行っているチームもある。
古いスポーツに見える野球は、データとの親和性が高いスポーツだ。ボールがどこに飛び、飛んだ先で何が起こったかを客観的に記録しやすいことや、サッカーなどとは違いセットプレーの連続で、プレーの一つひとつが途切れていることから、一つのプレーが試合にどんな影響を与えたかが分かりやすい。ポジションや打順が決まっており、選手の役割がはっきりしていることから、試合を何度も行っていると、似たような状況になる頻度が比較的高いことが、データと野球の親和性の高さにつながっている。過去のデータを積み重ねることで、これまで定石とされてきたことが覆されたり、それと逆のことが起こったりする。例えば、「無死一塁だと送りバントをして一死二塁を作り、得点圏に走者を送る」というプレーがよくあるが、一死二塁より無死一塁の方が、得点に結びつく確率が高いことがわかった、などの事例だ。
山田さんは「データを知ると、さまざまなことが分かる。普段何気なく見ている野球も、1球1球じっくり見ると、より深く楽しめるようになる」と話す。投げた、打った、点が入っただけを見るだけでなく、「どうして今、こういうプレーをしたのだろう」と予想しながら見ると、より一層楽しめるという。今年のプロ野球や東京五輪は、解説者のコメントやデータに耳や目を傾けながら、じっくり観戦してみるのはいかがだろうか。