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キャッチャーから見た「上野の413球」…ソフトボール北京オリンピック金メダルの舞台裏

 
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 上野の413球――。ソフトボールが最後にオリンピックで実施された2008年の北京大会。2日間にわたって行われた決勝までの3試合を上野由岐子投手(ビックカメラ高崎)が一人で投げぬいた偉業をたたえる言葉だ。決勝トーナメント1日目に2試合で318球を投げ、2日目のアメリカとの決勝戦を迎えたが、疲労に加え、投球に一番大切な右手の中指の皮がなくなり、時速120キロに迫る「世界一の剛速球」が期待できない状況になっていた。このピンチをどう乗り切り、金メダルを獲得したのか。当時、チーム最年少の20歳で上野投手のリードを任されていた捕手の峰幸代選手(トヨタ自動車)は、上野投手が隠してきた「秘密兵器」と、もう一つの「世界一の能力」が勝負を決めたと明かす。12年後の今、語られる、マスク越しに見た「上野の413球」。(読売新聞オンライン 河合良昭)

★取材は面談ではなく、質問事項をメールで送り、それに回答していただく方式で行いました。

予選リーグ、隠し続けた「秘密兵器」

決勝トーナメント初戦のアメリカ戦に登板した上野投手
決勝トーナメント初戦のアメリカ戦に登板した上野投手

 08年の北京オリンピックのソフトボールには8チームが出場した。総当たりの予選リーグが行われ、日本は6勝1敗の2位で通過。唯一、敗れた相手はアメリカで、0対7の五回コールド負けだった。

 ただ、このアメリカ戦に上野投手は登板していない。メダルをかけた決勝トーナメントで再び対戦することになるアメリカに勝つため、手の内を明かさず、「秘密兵器」を隠すためでもあった。

 決勝トーナメントは予選リーグ上位4チームで行われた。1位のアメリカと2位の日本が対戦し、勝ったほうが決勝に、負けた場合は予選リーグ3位と4位の試合の勝者と再び対戦。負ければ、そのまま銅メダル。勝てば決勝に進めるという方式だった。

 決勝トーナメント最初のアメリカ戦。ついに上野投手が登板する。

() えわたる秘密兵器

 峰選手はリードを買われ、正捕手となっていた。どんな球をどのコースに投げるのか。配球は上野投手から一任されていた。

 隠していた秘密兵器は「シュート」だった。銅メダルに終わった04年のアテネオリンピックの後、アメリカ打線を抑えるにはどうしたらよいかを考え、身に付けた変化球だ。

 そのアメリカ戦、峰選手は「ボールの中で一番切れがあった」と秘密兵器に手ごたえを感じていた。右打者は、シュートが内角に食い込んでくるため、外角の球を打つ時に腰が引け、踏み込めなくなっていた。

 左打者は、シュートが外にキレ良く曲がるので、ストライクかボールか見分けにくそうで、内角のストレートと組み合わせる配球で、狙い球を絞らせなかった。

 シュートを武器にアメリカ打線を封じ込め、延長の八回まで0点に抑えた。しかし、日本も得点が奪えず。九回を迎えた。

立ちはだかる強打者「バストス」

準決勝のアメリカ戦。9回、バストス選手(中央)に3ランを打たれた上野投手(左)。打球の行方を見る峰選手(右)
準決勝のアメリカ戦。9回、バストス選手(中央)に3ランを打たれた上野投手(左)。打球の行方を見る峰選手(右)

 日本の前に立ちはだかったのが、アメリカの主砲・バストス選手だった。峰選手は「もともと(すご)い選手なのに、この大会ではバットに当たればヒット、ホームランと絶好調。要マーク人物でした」と振り返る。

 選手村で見た光景も強烈だった。「マクドナルドでビッグマックセットを三つも注文して、それを10分で食べていました」。右打席に立つ大きな体は威圧感があった。「隙がなかったです。少しでも甘いコースにいけば、打たれると感じていました。ホームランじゃなければOKと考えていました」

 九回、1点を取られた後、ランナーを2人置いた状況でバストス選手が打席に入った。

 内角低めの速球をすくいあげるように打たれ、レフトスタンドに豪快に叩き込まれた。最も恐れていたホームランを打たれ1対4でこの試合に敗れた。

 試合後、峰選手は「上野さんの球は良かった。私の配球ミスです」と悔やんだ。

決勝進出を決めたが…中指の皮がはがれていた

 アメリカに敗れてから約5時間後にオーストラリア戦が始まった。上野投手が先発した。初回から1点取られるなど、立ち上がりは思わしくなかった。

 日本は四回に2点を奪って逆転。そして最終回の七回、2死まで取り、あと一人で決勝進出というところまで来た。

 しかし、そこで同点ホームランを打たれてしまう。

 峰選手は「簡単には勝たせてくれない。これがオリンピックか、と思いました。また、少しでも気を抜いた方が負けるんだ」と気持ちを入れ直した。

 延長タイブレークに突入。結果的に日本はサヨナラ勝ちをするが、上野投手は十二回までの5回を余分に投げることになってしまう。

 この日2試合で318球を投げた後遺症は大きかった。ボールに回転を伝えるために最も大切な右手中指の皮がはがれ、肉がむき出しの状態になってしまったのだ。

 心配させまいと、上野投手はチームメイトに知られないようにしていたが、峰選手には打ち明けていた。峰選手は「オーストラリア戦の後、選手村で指の状態を見せてもらいました。もう投げられないんじゃないかと思いました」と振り返る。

 しかし、アメリカを抑えられるのは上野投手しかいなかった。峰選手は「上野さんの疲労も指の具合も心配でしたので、力勝負はできないと配球のプランを変えることにしました」

上野投手が持っていた「もう一つの世界一」

決勝のアメリカ戦。力投する上野投手
決勝のアメリカ戦。力投する上野投手

 峰選手は体の疲労は感じなかったが、脳は疲れていた。それでも、決勝でのアメリカ戦の配球を考えた。

 実は、負けたアメリカとの試合で手ごたえを感じていたのだ。「相手打者が、どのカウントで強いスイングをしてくるのか、どの球種を狙ってきているのかを知ることができました。苦手とする球種もよくわかりました」

 こうしたデータを分析し、「相手打者に狙いを絞らせない」「かわすところ、攻めるところのバランスを良くする」ことを心がけようと決めた。

 そして、アメリカ打線に通用したシュートを「攻める時、困った時に強気で使う」ことを決めたのだ。

 疲労の残る上野投手に、「世界一の剛速球」は期待できない状況だった。実際、決勝のアメリカ戦の最速は107キロで、1日目よりも5キロ落ちていた。このため、配球のプランは「打たせて取る」。「相手打者の嫌がるゾーンを丁寧に攻めようと考えていました」

 峰選手は、上野投手が持つもう一つの世界一の能力「コントロールの良さ」を信じ、最大限に生かそうと決めていた。

必死に動き、上野投手を助ける

 世界は「打倒・上野」を目標に配球データを集め、分析して対策を練ってきていた。しかし、峰選手は「私の配球のデータはあまり分析されていなかった。アメリカが『あれ?』と苦戦する感じがわかりました」という。

 さらに、上野投手をサポートするために、細かく動きまわった。一度内角に構え、そこでミットをパンパンと叩く。内角に構えてそこに投げさせると打者に思わせて、実は外角に投げさせる。その逆もある。こうして、コースを打者に読ませない工夫もしていた。

 日本は三回表に先制し、四回表に追加点を奪う。上野投手はアメリカ打線を三回裏まで0点に抑えた。

 そして、2点リードした四回裏。ランナーなしの状況で、バストス選手を迎える。

 真っ向勝負を挑んだが、外角低めに投じた速球を拾われ、今度はライトスタンドに運ばれた。

1死満塁、最大のピンチに信じたのは…

決勝のアメリカ戦。バストス選手に本塁打を打たれた直後、マウンドに集まる
決勝のアメリカ戦。バストス選手に本塁打を打たれた直後、マウンドに集まる

 1点のリードを保ったまま、六回裏を迎えた。

 先頭打者にヒットを打たれ、1死2塁で再びバストス選手を迎える。勝負するのか、敬遠か。選手、監督がマウンドに集まった。

 上野投手はここで「敬遠」を選択する。チームの勝利を優先し、真っ向勝負は避けた。

 峰選手は「上野さんと同じ気持ちで『ここが勝負所だ』と思い、円陣の中で敬遠を確認しました」。しかし、続くバッターを四球で出塁させてしまい1死満塁。最大のピンチを迎え、再び内野手がマウンドに集まった。

 内野手が上野投手と峰選手に「打たせてもいいから、思い切りいこう」と声をかけてきた。これで仲間を信じて勝負球を投げることができる。もちろんそれは、この日のために磨き上げてきたシュートだった。

 続く2人の打者はいずれも右打ち。上野投手のシュートは、打者の体に向かうように曲がる。死球になれば1点となる場面だ。

 しかし、峰選手は上野投手の世界一のコントロールを信じていた。「あの時は強気でした。死球になることは全く考えていませんでした。内角へのシュートしかないと強く思っていたくらいです」

 一方で、冷静でもあった。この時、投球の間に、峰選手は何度もアメリカベンチを見ている。「打者にどんな指示を送っているのかをチェックしていました」

 2人の打者をいずれもシュートで内野フライに打ち取り、ピンチを乗り切った。

 上野投手がガッツポーズしながら、マウンドから走り下りてくる。峰選手は駆け寄って、ミットを軽く上野投手の体に押し当てて「ナイスピッチング!」と声をかけた。峰選手は、「今まで準備してきたことが、勝負所で発揮できて最高でした」と語る。

仲間たちもファインプレーで支える、そして金メダル

金メダルを決めた瞬間、笑顔で喜ぶ上野投手(中央)と峰選手(右)
金メダルを決めた瞬間、笑顔で喜ぶ上野投手(中央)と峰選手(右)

 最終回、先頭打者にヒットを許すが、次打者の打球は三塁手の後ろのファウルゾーンに。スタンドに近く、体がフェンスにぶつかりそうな場所に飛んだが、衝突を恐れずにショートがキャッチして1死。

 続く打者の打球は三塁線の強烈な当たりだった。三塁手は前進守備だったが、速い打球をがっちりと抑えた。打たせて取るというプランにチームメートがファインプレーで応えてくれた。

 最後のバッターは三塁ゴロに仕留め、悲願の金メダルを獲得した。

 「ほっとしました。自分の仕事をやり切り、上野さんが最高のピッチングを出し切ることができました。最高の結果で終われたと、本当に(うれ)しかったです」

2019年12月、日本代表の沖縄合宿で練習する峰選手
2019年12月、日本代表の沖縄合宿で練習する峰選手

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1358948 0 東京オリンピック2020速報 2020/07/22 15:00:00 2020/07/22 18:23:59 2020/07/22 18:23:59 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/07/20200721-OYT8I50022-T.jpg?type=thumbnail
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