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けがで出場断念も、諦めなかった五輪・パラへの思い…聖火「素晴らしい世界」

 
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 東京五輪の聖火リレーは23日、大分県で行われた。日出町で聖火リレーの第1走者を務めた会社員の松尾光代さん(49)は、パラリンピック出場を目指した水泳選手だった。大けがを乗り越えて全国大会で連覇し、あと一歩と迫りながら、不慮の事故で諦めた夢舞台。「どんな形であっても五輪やパラに関わりたい」。松葉づえをつきながら、そんな思いを聖火に託した。

ビーチバレーの練習で負傷、車いすに

 中学生の時はバレーボール、陸上、水泳と複数の部活を掛け持ちするほど運動が得意で、社会人でも会社のバレーチームに所属した。

松葉づえをつきながら一歩ずつ進む松尾光代さん
松葉づえをつきながら一歩ずつ進む松尾光代さん

 日常は29歳の時に一変した。ビーチバレーの練習中に右脚を負傷。2週間たっても痛みが引かず、病院に行くと即日入院を促された。5年にわたり手術を繰り返したが、膝が曲がらず、風があたるだけで激痛が走る症状は改善しなかった。

 車いすに頼る毎日に、自分の脚で立ちたいという思いが募り、「脚を切断して義足にしようか」と考えたこともあった。すがる思いで探し当てた奈良市の医師の手術で痛みが和らぎ、両脚で立てた写真を母に送った。「(あなたが)初めて歩いた時よりうれしい」。返信メールに涙があふれた。

 パラリンピックを目指したのは、この病院に入院中に知り合った女性との出会いがきっかけだ。右半身にまひがある陸上選手。2006年の全国障害者スポーツ大会で金メダルを獲得し、障害を乗り越えて輝く姿に突き動かされた。

 「私も金メダルが取りたい」。得意だった水泳での挑戦を決め、仕事終わりや休日に地元のプールで練習に明け暮れた。努力は実り、08年の全国大会で25メートル・50メートル自由形の2種目で優勝。翌年にはいずれも連覇を果たした。パラ出場の夢を思い描くと、それまで暗闇に包まれていた世界から抜け出せる気がした。

聖火で「感謝を伝えたい」

 16年のリオデジャネイロ大会に照準を合わせていたが、15年2月に凍結した道路で転倒し、右脚の大腿だいたい骨を骨折した。3か月後に退院したが、元のように泳ぐことができなくなり、現役を退いた。

 聖火ランナーの公募を知り、「長い間心配をかけた家族、職場の方々に感謝を伝えたい」と迷わず応募した。「人生で一番の思い出になった。最後まで諦めないことで、こんな素晴らしい世界に身を置けた」。一歩一歩踏みしめるように歩を進め、次の走者に聖火をつないだ。

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2008011 0 東京オリンピック 2021/04/24 12:06:00 2021/04/24 12:06:00 2021/04/24 12:06:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210424-OYT8I50001-T.jpg?type=thumbnail
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