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パラ4大会出場・大井利江さん「支えてくれたみんなに感謝」…地元で聖火つなぐ

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 東京オリンピックの聖火リレーが16日、岩手県内で始まった。1日目は雫石町をスタートし、東日本大震災で被災した久慈市までの10市町村で聖火をつないだ。県内のリレーは18日までの3日間。

 パラリンピックに4大会連続で出場した大井利江さん(72)は、地元の洋野町で聖火をつないだ。「たくさんの仲間に応援され、国際大会とは違うプレッシャーがあった。トーチに火をともすと緊張がほぐれ、みんなに手を振って応えることができた」と照れ笑いを浮かべた。

町民の拍手に手を上げて応える大井さん(洋野町で)
町民の拍手に手を上げて応える大井さん(洋野町で)

 マグロ漁師だった40歳の頃、出漁中の事故で 頸椎けいつい を損傷し、下半身まひとなった。リハビリを経て49歳で円盤投げを始めると、海で鍛えた体で実力を伸ばし、パラリンピック初出場の2004年のアテネ大会で銀メダルを獲得。08年の北京大会では銅メダルに輝いた。

 一度だけ、「引退」を考えたことがある。12年のロンドン大会後、円盤投げの障害クラスがなくなった時のことだ。あきらめかけていたところ、20年の東京大会開催が決まった。「何かやりたい」と再び闘志に火がつき、砲丸投げへの転向を決めた。

 円盤投げは肘が曲がらない右腕でもできた。しかし、砲丸は投げられないため、左腕を使うしかない。最初は3メートルほどしか飛ばなかったが、妻・須恵子さん(79)に支えられながら鍛錬を重ね、16年のリオデジャネイロ大会では6メートル48を投げ、7位入賞。19年に町の推薦で聖火ランナーに決まった。

 だが、新型コロナウイルスの感染拡大で気持ちが揺らいだ。4月の代表選考会では、「集大成」と位置づけた東京大会の出場に必要な記録を出せず、5大会連続出場を逃した。「コロナ禍での大会参加に迷いがあったのかもしれない」と振り返る。

 パラリンピックに出場する度、町はお祭り騒ぎだった。道を歩けば「頑張ってね」と声をかけられた。妻がいなければ、日々の暮らしさえままならない。「これまで支えてくれたみんなに感謝を伝えたい」。そんな思いを胸に、須恵子さんや町民が見守る中、聖火を運んだ。

 走り終えると、再び競技への熱意がわき上がってきた。まずは来年の世界選手権を目指す。限界まで走り続ける覚悟だ。

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2130583 0 東京オリンピック2020速報 2021/06/17 10:57:00 2021/06/17 10:57:00 2021/06/17 10:57:00 町民の拍手に応えながら聖火を運ぶ大井さん(6月16日午後5時48分、洋野町で)=押田健太撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210617-OYT8I50013-T.jpg?type=thumbnail
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