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聖火「自分動かすチャンス」…宮城の小学教諭 決意[Tokyo2020+]

  
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 東京五輪の聖火は21日、東日本大震災で被災した宮城県南部に入った。山元町では、同県名取市立館腰小学校6年生の担任教諭、 香月かつき諒来りょうく さん(30)が、ある決意を胸に走った。聖火をつないだら、心の底にしまい続けてきた、津波で父を亡くした体験を子供たちに伝えよう。愛する人を失うつらさや生きる勇気を知ってほしいから。

「津波で失った父」語る

沿道の人たちに手を振る香月諒来さん(21日午前、宮城県山元町で)=米山要撮影
沿道の人たちに手を振る香月諒来さん(21日午前、宮城県山元町で)=米山要撮影

 震災後、父・泰志さん(当時48歳)と再会したのは、実家のある同県石巻市の遺体安置所だった。泰志さんは祖母を車で捜していて津波にのまれた。同乗していた弟は救助され、祖母は避難して無事だった。

 香月さんは中学2年の時に母と死別。その後、泰志さんが男手一つで兄弟を育ててくれた。香月さんが小学生から打ち込んだ陸上競技では、腕の振り方などをアドバイスしてくれた。高校総体に出場した時は埼玉県まで応援に来てくれた。

 震災の4日前、大学の陸上部の合宿で茨城県へ向かう前、「自分の決めた道を貫け。壁にぶち当たった時こそ試されている」。記録が伸びず悩んでいた香月さんへの激励が、最後の言葉となった。

 茨城から戻った石巻は一変し、「何もかも受け入れられなかった」。一時は陸上から遠ざかった。大学4年で国体に出場し、震災前に「最後まで貫け」と言ってくれた父に、少し応えられた気がしたが、心の整理はつかなかった。

 教職に就き、「自分の体験を役立てる日が来るかも」と思っても、父のことを語れずにいた。一方で、震災を知らない子供が増え、震災が忘れ去られるのではと不安を感じていた。

 「どこかで乗り越えないと」。もがいていた時に聖火リレーの応募を知った。「自分を大きく動かすチャンスだ」と決意した。

 トーチを掲げ走る姿を父は見てくれたはずだと思うと、勇気が出た。あす、教室で子供たちにこう伝えたい。「どんなことも乗り越えられる」

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2142201 1 東京オリンピック2020速報 2021/06/21 15:00:00 2021/06/21 15:00:00 2021/06/21 15:00:00 スタートを前に、沿道の人たちに手を振る香月諒来さん(21日午前9時55分、宮城県山元町で)=米山要撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210621-OYT1I50067-T.jpg?type=thumbnail
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