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藍で「勝ち色」を表現、五輪のアイコニックポスターに選ばれた野老朝雄さん

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 全てが対照的だ。1964年の東京五輪で、亀倉雄策がデザインしたポスターは、白地に真っ赤な日の丸と五つの輪を組み合わせた。これに対し、野老さんは、落ち着きのある藍色と白を基調とした。

 「HARMONIZED CHEQUERED EMBLEM STUDY FOR  TOKYO2020OLYMPICGAMES[EVENEDGEDMATTERS COULD FORM HARMONIZED CIRCLE WITH “RULE”]」
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 「藍色は日本人が古くから親しんできた色であり、武士にとっては縁起の良い『勝ち色』。未来への希望をイメージさせるような『青焼き』という言葉も、頭にありました」

「自分にしかできないものを作りたかった」という美術家の野老朝雄さん=富永健太郎撮影
「自分にしかできないものを作りたかった」という美術家の野老朝雄さん=富永健太郎撮影

 デザインは、自らが手掛けた今大会のエンブレムと同じく、いくつもの 菱形ひしがた を組み合わせた「組市松紋」を取り入れた。それらが細い線で結ばれて、複雑な文様を作り出してゆく。

 「線の美しさを残したいと思いました。このポスターに興味を持った子どもたちが、まねをして図形と図形を結ぶ補助線をいくつも描きながら、この図を描く楽しさを追体験してくれないかと期待しています」

 赤く燃えるような高度経済成長期の五輪から、静かに、美しく成熟する時代に開かれる今回の五輪を象徴する一枚に仕上がった。

 建築家の父親の息子として生まれた。デザインに興味を持ち始めてから、自分が生まれる前に開かれた亀倉の64年の五輪ポスターを見た。「シンプルで、見た瞬間に目を引く。革命が起きたようだ」と衝撃を受けたという。

 東京造形大を卒業後、建築や美術、デザインなど幅広い分野で活躍してきた。転機となったのは2001年9月11日の米同時テロだった。無差別な暴力に対抗するため、人と「つながる」大切さを意識するようになった。新型コロナウイルス禍で、その思いはより強まった。「数週間先のことが読めない社会。でも実際に手はつなげなくても、大切な人と関係を持つことはきっとできると思う」

 自らの身体で競う選手たちに思いをはせ、ポスターの線は一本ずつ、手で描いていった。

 「浮かび上がる円の文様は、日本の『和』であり、つながりを表す『輪』です」

 このポスターが街に並ぶころ、東京五輪は多くの人の絆をつなぐ大会になると願う。(文化部 川床弥生)

  ところ・あさお  美術家。1969年、東京都生まれ。東京造形大卒業後、ロンドンの建築学校で学んだ。主な展覧会に、2016年に国際芸術センター青森で開かれた「野老朝雄×青森市所蔵作品展『個と群』」など。

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