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震災の記憶胸に聖火リレー、授業で語る…父失った教諭「絶望の中にも光はある」子供らにエール

  
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 「今日は震災のことについて知ってほしい」。21日に宮城県山元町で聖火リレーを走った名取市立館腰小学校6年生の担任教諭、 香月かつき諒来りょうく さん(30)は、22日、同校で行われた授業参観でゆっくりと口を開いた。

 香月さんが用意したタブレット端末で録音を再生すると、「茶色の壁がすごい勢いで押し寄せた。助けてくれと呼ぶ声がするのに(父を)捜せど姿は見えない」との音声が流れてきた。

沿道の人たちに手を振る香月諒来さん(21日午前、宮城県山元町で)=米山要撮影
沿道の人たちに手を振る香月諒来さん(21日午前、宮城県山元町で)=米山要撮影

 声の主は、香月さんの弟の 昴飛るいと さん(27)。津波に流され、がれきの間を泳ぎながら父を捜した状況を克明に伝える。香月さんが心の底にしまい込んできた震災と父の記憶を初めて子どもたちに告白した。「自分も悲しくなった」と聴き入った子どもたちに共感が広がった。

 震災後、父・泰志さん(当時48歳)と再会したのは、実家のある石巻市の遺体安置所だった。泰志さんは祖母を車で捜していて津波にのまれた。同乗していた昴飛さんは救助され、祖母は避難して無事だった。

 香月さんは中学2年の時に母・純子さんと死別。その後、泰志さんが男手一つで兄弟を育てた。香月さんが小学生から打ち込んだ陸上競技では、腕の振り方などをアドバイスしてくれた。高校総体に出場した時は埼玉県まで応援に来てくれた。

 震災の4日前、大学の陸上部の合宿で茨城県へ向かう前、「自分の決めた道を貫け。壁にぶち当たった時こそ試されている」。記録が伸びず悩んでいた香月さんへの激励が、最後の言葉となった。

 茨城から戻った石巻は一変し、「何もかも受け入れられなかった」。1年近く陸上から遠ざかっていたが、部活動の仲間らの支えで競技に復帰。諦めずに練習を続け、大学4年では国体出場も果たすことができた。震災前に「最後まで貫け」と言ってくれた父に少し応えられた気がしたが、心の整理はつかなかった。

 教職に就き、「自分の体験を役立てる日が来るかも」と思っても、父のことを語れずにいた。一方で、震災を知らない子どもが増え、震災が忘れ去られるのではと不安を感じていた。「どこかで乗り越えないと」。もがいていた時に聖火リレーの走者募集を知った。「自分を大きく動かすチャンスだ」と応募を決意した。

 父を失った傷は今も癒えていない。それでも、トーチを掲げ走りきった姿を父は見てくれていたと思うと勇気が出た。

 リレーを終え、決断通り自らの思いを授業参観で語った。「絶望の中にも光はある。どんなことでも乗り越えられる、そんな人になってほしい」と子どもたちに向けて締めくくった。(高野陽介)

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2147990 0 東京オリンピック2020速報 2021/06/23 09:36:00 2021/06/23 10:56:32 2021/06/23 10:56:32 スタートを前に、沿道の人たちに手を振る香月諒来さん(21日午前9時55分、宮城県山元町で)=米山要撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210623-OYT8I50017-T.jpg?type=thumbnail
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