ニュース

[決意]集大成 上りつめる[Tokyo2020+]

  
メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 東京五輪を競技人生の集大成と位置付けるベテランのアスリートにとって、延期された1年間は人一倍、長く感じられたことだろう。時間との闘いを乗り越え、大舞台に懸けるレジェンドたちの思いに迫る。

 世界選手権のリードで3位に入り、脚光を浴びたのが16歳の頃。五輪採用が決まる前で、「記者の方も今ほどいなかった」と懐かしそうに笑う。現役最後の場と決めた東京五輪を前にしても「楽しみな気持ちが大きい」と気負いはない。

 得意種目のボルダリングでは、日本人断トツのワールドカップ通算21勝。勝てない時期もあったが、「今が踏ん張り所。ここを乗り越えたら前に進める」と歩みを止めなかった。コロナ禍による五輪延期も「大好きな競技生活を一日でも長く過ごせる」と受け止め、課題克服に充てた。

 強化を図ったのが、15メートルの壁を登る速さを競うスピード。ボルダリング、リードを含めた総合成績を争う五輪で、唯一の苦手種目だ。所属先が昨年、茨城県の実家に3種目用の壁を建設してくれたことから、「最も伸びしろがある」と練習に打ち込んだ。今年3月には8秒68の大幅な自己新をマーク。「まだまだ成長できる」と自信を深めた。

 次々と若手が躍進する中でも、「限界を決めるのは気持ち」と信じ、向上心は揺らがなかった。集大成となる五輪に臨む心境を表すとすれば、「今が一番、最強でいたい」。日本のパイオニアは世界の頂だけを見据え、そびえる壁に挑む。

大エースは止まらない

 来月39歳になる大エースにとって、今回が最後の五輪になるのは自他共に認めるところ。ただ、時折口にする「集大成」という言葉に大きな意味はない。なぜなら、自身の中でゴールを設定していないからだ。

 五輪種目から除外され、目標を失った2008年北京大会後は、競技を始めたばかりの頃と同じように、新たな気付きに喜びを覚えてきた。打者を抑えるという本質に目を向け、握り方を変えて違う曲がり方を実現させたり、球にもっと力を伝えようと足の動かし方を変えたり、新しい配球で打者の狙いを外したり――。その時々でテーマを決め、試行錯誤を重ねてきた。

 今や口癖になっている「北京の時と同じようなピッチングはできない」というセリフは、自らの衰えを指すのではなく、その後の経験を踏まえ、「13年前とは別人」という自負でもある。

 「成長の可能性を追い求めることは、自分の思いが切れない限り止まることはない」と言う。1か月後、全競技に先駆けて試合がスタートする福島で、新たな上野由岐子の姿を見られるに違いない。

立ちはだかる剛腕

 上野との対戦を待ちわびているのが、世界屈指のサウスポー、モニカ・アボット(米)だ。北京五輪後に来日し、「文化や生活が気に入った」と、トヨタ自動車でのプレーは10年を超えた。1メートル90の長身を駆使したダイナミックなフォームで繰り出す剛速球を武器に、日本リーグでは4度のMVPを獲得してきた。

 米国代表としては、ともに北京五輪を戦ったオスターマンとの二枚看板で、日本に立ちはだかる。「決勝で日本に勝って、ソフトボールの素晴らしさをアピールしたい」と意気込む。

大舞台 夫婦で挑む

 過去最高は2008年北京大会の4位。初のメダルに挑む5度目の五輪を目前にした思いは複雑だ。

 「来月には終わってしまうんだなというさみしい気持ち、集大成に向けて頑張ろうという気持ち、両方あります」

 五輪延期が決まってからの1年間は、気持ちが揺らぐ時期もあった。支えになったのは、昨年3月に結婚し、同じクレー射撃トラップの代表として五輪に初出場する大山重隆(大山商事)の存在だ。同じ射撃場で腕を磨き、夫婦で臨む自国開催の大舞台。銃の所持許可手続きなどの事情で同居はしていないが、「2人で力を合わせてやってきた過程が重要だった。もうちょっと続けたかったという心境になる」。

 21歳で00年シドニー大会に初出場。翌年に生まれ、長くシングルマザーとして育てた長女の 芽生めい さんは大学2年生になった。「娘も今年で20歳。五輪と一緒にお互いに成長してきたという思いがすごく強い」。子育てと両立してきた五輪への挑戦も、最終盤を迎える。

不惑ダイバー「表彰台を」

 過去5度の五輪は、どれも「集大成」との覚悟で臨んできた。板飛び込み、シンクロ板飛び込みの2種目に出場する今回も、気持ちは同じだ。「その時、一番良い演技を作り上げる。そのことは間違いない」

 2秒弱で演技を終える飛び込みは、ジャンプ力、一瞬の技の切れが求められる。強豪の中国出身で、25年以上も指導している馬淵崇英コーチは「40歳でトップにいることは、世界でも非常に珍しい」と言う。徹底した基礎練習と「五輪(の表彰台)で、見たことのない景色を見たい」という切実な思いが、不惑のダイバーを突き動かしてきた。

 2001年の世界選手権では銅メダルに輝いたが、五輪は00年シドニー大会の高飛び込み5位が最高。08年北京大会後に引退表明しながら現役復帰したのも、日本初の五輪メダルを目指してのことだった。

 昨夏は新型コロナウイルスに感染。復帰戦となるはずだった今年5月のワールドカップ(東京)も、ペアを組む12歳下の坂井 しょう (ミキハウス)のへんとう炎で棄権した。実戦から遠ざかり、多少の不安は残るが「(カバーできるだけの)経験があり、それが強み」との自負がある。待ちわびた自国での五輪で、国内第一人者の底力を見せたい。

体操・加藤 3大会で「金」8個

 日本で最も多くの金メダルを獲得したのは、体操男子の加藤沢男。1968年メキシコ大会3冠など、72年ミュンヘン、76年モントリオールまでの3大会で計8個を誇る。2、3位も体操勢で、中山彰規が6個、小野喬、遠藤幸雄、塚原光男が5個で並ぶ。

 体操以外では競泳男子平泳ぎの北島康介が2004年アテネ、08年北京の2大会連続2冠。レスリングの伊調馨はアテネから16年リオデジャネイロ大会まで、女子の個人種目で史上初の4連覇を達成した。柔道男子60キロ級の野村忠宏は1996年アトランタ大会から3連覇した。

 海外に目を向けると、競泳のマイケル・フェルプス(米)が金23個で、男女を通じて断然の1位。北京1大会での8冠、金以外も含めた個人競技でのメダル16個、リレーを含めたメダル28個も最多で、「怪物」の異名にふさわしい伝説の選手といえる。陸上男子のカール・ルイス(米)は、84年ロサンゼルス大会から走り幅跳び4連覇などで金9個を獲得し、フェルプスに次ぐ2位タイ。リオ大会で史上初の陸上男子100メートル3連覇を達成したウサイン・ボルト(ジャマイカ)は金8個。女子は体操のラリサ・ラチニナ(当時ソ連)の9個が最多となっている。

 一方、冬季大会も含めた日本勢の出場回数は、スキージャンプのレジェンドこと葛西紀明(土屋ホーム)が8度で最多。スピードスケートと自転車で冬4度、夏3度の五輪に出場した橋本聖子(現東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長)が7度で続く。馬術の杉谷泰造(杉谷乗馬ク)は、今年の東京五輪に出場すれば7度目となる。

無断転載・複製を禁じます
2154347 0 東京オリンピック2020速報 2021/06/25 05:00:00 2021/08/02 14:44:11 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210624-OYT1I50135-T.jpg?type=thumbnail
続きを読む

「新型コロナ」のニュース

オリンピック 新着ニュース