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夢見る卓球少女~平野美宇選手~

   
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 卓球の東京オリンピック代表・平野美宇選手。小学校時代から「オリンピックでメダル」を目標に母親と二人三脚で歩んできました。夢に向かって努力する、当時小学校6年生の平野選手の姿を取材した、読売新聞山梨県版の連載「夢見る卓球少女~平野美宇選手~」をオンラインで公開します。(掲載は2012年9月。年齢や所属などは連載当時のままです)

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 今年1月の全日本卓球選手権ジュニアの部(高校2年生以下)で準優勝を果たした平野美宇(12)=中央市=。2016年のリオデジャネイロ五輪への出場も視野に入ってきた。県内スポーツ界期待の星となった卓球少女の足跡を振り返るとともに、描いている「夢」を紹介する。(敬称略)

母と二人三脚「五輪で金」

卓球一家に生まれ

卓球を始めた頃の平野美宇選手。卓球台の高さに合わせるため、畳んだ長机に乗っている(山梨県中央市の当時の自宅で)
卓球を始めた頃の平野美宇選手。卓球台の高さに合わせるため、畳んだ長机に乗っている(山梨県中央市の当時の自宅で)

 美宇は2003年の9月頃、3歳5か月で卓球を始めた。筑波大卓球部で活躍した母・真理子(43)は、自宅で卓球教室を開いており、教室が始まると、美宇は真理子にくっついていられなくなる。母親から離れたくない気持ちから「卓球をやらせて」と泣き出したため、ラケットを握らせたのが始まりだった。

 祖父・光昭(76)は真理子とともに卓球教室で指導に当たっていた。そして父・光正(43)は、筑波大で真理子のチームメートだった。卓球一家に生まれた美宇だったが、真理子は「本人の意思が大事。卓球選手にしようと思っていたわけではない」と当時の心境を明かす。

周囲の期待よそに

 美宇は、幼稚園児ながら胸の高さまである卓球台に向かい、大人顔負けのラケットさばきを見せた。日本卓球界のエース・福原愛(ANA)になぞらえ、テレビや新聞は「愛ちゃん二世」と取り上げた。

 周囲の注目ばかりが先行する状況に、真理子は複雑な心境だった。「楽しく卓球をやればいいと思っていたのに、注目されてしまうと結果が出なかった時に美宇がすごく傷付くんじゃないか」

 真理子の心配をよそに、美宇は将来の夢を尋ねられると、大好きなキャラクター「ハローキティ」を売る「キティ屋さん」や「アイスクリーム屋さん」と答えていた。

優勝ってうれしい

 美宇は2007年、小学生になって初めて出場した全日本卓球選手権バンビの部(小学2年生以下)で優勝。小1での優勝は福原以来の快挙で、美宇への注目はさらに高まった。美宇は今、「初めて表彰台の一番高いところに上って、ちょっと怖かった。でもすごく気持ち良かった。優勝ってすごくうれしい」と振り返る。

 優勝インタビューで美宇は「オリンピックで金メダルを取りたい」と話した。自分から「五輪の金」を口にしたのは初めてだった。

 横で聞いていた真理子は「えっ、そんなこと言っていいの?」と驚いたという。

 「でも本人が目標に向けて頑張るなら私も腹をくくる」。真理子は決意を固め、五輪へ向けた親子二人三脚が始まった。

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2174014 0 東京オリンピック2020速報 2021/07/02 15:34:00 2021/07/02 18:12:24 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210628-OYT8I50033-T.jpg?type=thumbnail
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