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ソフトボール・上野由岐子…13年ぶり「金」背負う

 
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「ここ一番頼られる投手に」

 長年、日本のエースを担ってきた上野が追い求めてきたもの。それは「エース」という肩書ではなく、監督からの「信頼」だ。

北京五輪に続く金メダルへ、「みんなの期待に応えたい」と語る上野由岐子=若杉和希撮影
北京五輪に続く金メダルへ、「みんなの期待に応えたい」と語る上野由岐子=若杉和希撮影

 何事にも前向きな右腕が、珍しく「思い出したくない」と話すのが、22歳で出場した2004年アテネ五輪だ。すでに世界最高レベルの速球を誇り、日本トップの実力を備えていたが、初めて味わう五輪の重圧に苦しんだ。大会前に発熱し、豪州との初戦で敗戦投手に。蜂に刺されるアクシデントにも見舞われた。

 「エースの自覚が足りなかった」という上野を、当時の宇津木妙子監督(現日本ソフトボール協会副会長)は、決勝進出をかけた大一番のマウンドに送らなかった。「信頼されていなかった自分が情けなかったし、腹が立った」。エースになりきれなかった若き右腕が日本に持ち帰ったのは、期待を下回る銅メダルと、苦々しい記憶だった。

 競技を始めてから今に至るまで、一貫して「ここ一番で頼られる投手でありたい」と思ってきた。大車輪の活躍で金メダルを獲得した08年北京五輪も、13年ぶりの五輪を目前に控えた現在も、その思いは変わらない。成長を求めるストイックな姿勢は、目指す投手像に近付こうとする意志の表れだ。

 エースの座に執着はなく、手放したがっているふしさえある。「これからを担う若手にバトンタッチする準備はいつでもできている。自分がエースかどうかはどうでもいい」。藤田 やまと (ビックカメラ高崎)との二枚看板で臨む東京五輪では、「任された場所を抑えることに集中する。1人で投げきろうとは思っていない」。多彩な球種を操るようになった投球スタイル同様、考え方も柔らかくなった。

 ただ、エースであるかどうかは周囲が決めるものだ。日本代表の宇津木麗華監督は「上野が40歳になっても、体がOKであれば日本のエースなのは変わらない」と、圧倒的な実力に一目置く。約20年にわたり共に戦う代表主将の山田恵里(デンソー)も「上野さんの後ろで守っているだけで幸せ」。衆目は一致している。

 24年パリ大会で再び五輪種目から外れることが決まっており、東京大会は競技の魅力を世界にアピールする貴重な機会でもある。「個人的な結果よりも、みんなの期待に応えたい。ただそれだけ」。ソフトボール界の命運を託された背中は、やはりエースと呼ぶにふさわしい。

上野由岐子(うえの・ゆきこ)  1982年生まれ。福岡市出身。2001年、日立高崎(現ビックカメラ高崎)に入団。08年北京五輪では2日間で3試合を投げ抜き、「上野の413球」と呼ばれた。日本リーグでは16年に史上初の通算200勝と2000奪三振を達成。ビックカメラ高崎所属。

強敵の米投打充実

 北京五輪に続く金メダルを目指す日本の最大のライバルは米国だ。2016、18年の世界選手権はともに決勝で日本を下し連覇。北京で上野と投げ合ったオスターマン、アボットの両左腕が健在で、19年9月の対戦でも両投手の継投で日本に勝った。打線も主砲アリオトを中心にパワーヒッターが並ぶ。今大会は参加6チームが総当たりの1次リーグを行い、決勝進出は2チーム。取りこぼしは許されない。2戦目で対戦するメキシコは情報が少なく、宇津木監督は「米国だと思って戦わないといけない」と警戒を強めている。

(2021年7月3日付朝刊掲載)

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2222189 0 東京オリンピック2020速報 2021/07/21 05:00:00 2021/07/21 05:00:00 東京五輪1年前用。ソフトボール女子(ビックカメラ高崎所属)の上野由岐子選手。群馬県高崎市で。2020年6月14日撮影。◇うえの・ゆきこ 1982年生まれ。福岡市出身。2001年、日立高崎(現ビックカメラ高崎)に入団し、04年アテネ五輪で銅メダルを獲得。金メダルに輝いた08年北京五輪では2日間で3試合を投げ抜き、「上野の413球」と呼ばれた。日本リーグでは16年に史上初の通算200勝と2000奪三振を達成。昨季の決勝トーナメントでは同じ日に行われた準決勝と決勝を一人で投げ抜き、チームを2年ぶり12度目の優勝に導いた。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210704-OYT1I50094-T.jpg?type=thumbnail
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