ニュース

メダリストの努力の結晶「報奨金」、始まりは意外な「屈辱」から

   
メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 [New門]は、旬のニュースを記者が解き明かすコーナーです。今回のテーマは「報奨金」。

 オリンピックやパラリンピックのメダリストに贈られる報奨金。日本では、いつ、なぜ始まったのか。歴史をひもとくと、33年前に日本スポーツ界が受けた「屈辱」に行き着く。

古代から存在 近代では長らく否定

 古代ギリシャのオリンピアで紀元前776年に始まった古代五輪。最高神ゼウスにささげる競技祭と位置づけられ、優勝者が授かるのはオリーブの枝で作られた葉冠だけだった。しかし地元の都市国家(ポリス)に 凱旋がいせん すれば、英雄として多額の金や一生無料で食事をする権利などを得られたという。

 それから約2800年。東京五輪で日本オリンピック委員会(JOC)は、メダリストに金500万円、銀200万円、銅100万円の報奨金を支給する。

 今では各国で贈られている報奨金だが、約130年前に始まった近代五輪では、選手は経済的利益を追求してはならないとする「アマチュアリズム」の理念の下、スポーツで金を稼ぐ考え方が長らく否定されてきた。しかし東西冷戦中、ソ連などの東側陣営は五輪を国威発揚の場と捉え、報奨金を与える「ステート・アマ」と呼ばれる国家養成選手を誕生させる。米国など西側陣営でもトップ選手がプロとして活躍を始めた。時代の波に押された国際オリンピック委員会(IOC)は1974年、五輪憲章からアマチュア規定を削除した。

ソウルで一変 選手強化に積極活用

 日本での報奨金の導入はそれから18年後のアルベールビル五輪まで待つことになる。東洋大学の 谷釜尋徳たにがまひろのり 教授(スポーツ史)によると、明治以降、近代スポーツが学校教育に取り入れられた影響で、競技関係者らの間ではアマチュアリズムへの信奉が根強かったという。

 一変させたのが、88年のソウル五輪だった。日本のメダル数は14個で、韓国33個、中国28個の半分以下に終わる。64年の東京五輪以降、アジアトップだったメダル数はロサンゼルス五輪(84年)で中国に並ばれ、ソウルで一気に3位に転落。日本にとって大きな屈辱だった。閉幕直後の10月4日の読売新聞も「何とかしたい 日本の低落」の見出しで批判。「スポーツ文化にもっとカネをつぎ込むべきだ」とし、「メダルを取った選手の顕彰の見直し」を訴えた。

 韓国や中国はメダリストに報奨金や経済的支援を約束していたとされる。89年、日本体育協会(当時)の一機関からJOCが独立すると、資金を積極活用した選手強化に動き始めた。その一つが報奨金だった。

 原資はJOCの収益で、アルベールビル五輪時は金メダルで300万円だった。その後、リオデジャネイロ五輪(2016年)で金メダルのみ増額され、 平昌ピョンチャン 五輪(18年)までにJOCが支給した報奨金は、総額で9億円以上になる。

残り:811文字/全文:2011文字
読者会員限定記事です
新規登録ですぐ読む(読売新聞ご購読の方)
無断転載・複製を禁じます
スクラップは会員限定です

使い方
2197098 0 東京オリンピック2020速報 2021/07/11 05:00:00 2021/07/11 08:18:33 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210710-OYT1I50122-T.jpg?type=thumbnail
続きを読む

「競泳」のニュース

オリンピック 新着ニュース