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46歳の落語家もハマるスケボー、金メダルの堀米も語ったその魅力

 
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 東京オリンピックのスケートボード、男子ストリートで金メダルに輝いた堀米雄斗はスケボーの魅力をこう話したことがある。

角帯に尻っぱしょりが志ん五流です
角帯に尻っぱしょりが志ん五流です

 「技を見せ合えば、どんな人ともコミュニケーションが取れ、友達が増えていく」

 そんなスケボー愛に染まった46歳の落語家、古今亭志ん五。20代の頃、数年間やっていたスケートボードにおよそ20年ぶりにハマった。本人曰く「体は硬いし、足は短いし、ついでに顔も大きい」けれど……。板とともにジャンプする「オーリー」や、空中で板を回して着地する「キックフリップ」などの技に挑む。そんな志ん五が東京オリンピックでの新競技採用を祝してスケボー愛を語る。「こんなおじさんがスケボーやっちゃってスミマセン――」(編集委員 千葉直樹、笠井智大)

衝撃の出会いと落語家への道

 スケボーとの出会いは大学生の時。コンビニエンスストアのアルバイト仲間にプロのスケーターがいたのだ。

 「毎日、スケボーに乗ってやって来るんだけど、ある時、店の入り口にあった高さ50センチくらいの傘立てをひょいっと飛び越えた。衝撃を受けてねえ。それであたしもやってみようと思ったんです」

 大学を卒業後、セールスマンなどいくつか職を変わりながら、スケボーを趣味で楽しんでいた。

 転機は介護の仕事をしていた時だ。落語好きのお爺じいさんに勧められて、口演を筆録した速記本を読んだら面白くて、寄席に通い始めた。自分でも演じてみたくなっていた頃、笑いすぎて椅子から転げ落ちるほど面白い落語家がいた。初代の古今亭志ん五。与太郎よたろう噺を得意とし、その風貌ふうぼうから「ドラキュラ」とあだ名された人気者だ。

 「弟子になりたくて、スーツを着て履歴書を手に、新宿末廣亭の楽屋口で師匠が来るのを待っていた。高座終わりで出てきた時に話を聞いてくれたんです」

 2003年、28歳で入門がかなう。

 「偶然にも師匠のおかみさんがあたしの大学の先輩で、娘さんと誕生日が3日違いというのが縁だったんでしょう」

 ちなみに、末廣亭の前で師匠より先に楽屋入りしてきた某大物師匠に「志ん五師匠はいつごろ来ますか」と無謀にも声をかけた。返ってきた返事は「知らねえよ、そこで待ってろよ!」――。最初にもらった小言は、自分の師匠からではなかったのだ。

テレビの企画で再び…今が一番うまい

 「今までのことは全部忘れろ。サラリーマンで覚えたことは口にするんじゃねえ」とは師匠の教え。厳しい前座修業のスタートである。「サラリーマン時代に、スケボーで脚をけがして、松葉づえで出社したことがありました。でも今度は正座をする仕事だからねえ……」

 落語家になり、スケボーとはいったん縁が切れた。

奄美大島のスケボーショップ「amacma」で。右が志ん五(古今亭志ん五さん提供)
奄美大島のスケボーショップ「amacma」で。右が志ん五(古今亭志ん五さん提供)

 古典も新作もこなす明るい芸風だ。入門4年目で二ツ目に昇進。2010年に師匠の早逝で、同じ一門の古今亭志ん橋の弟子となり、2017年9月に真打ち昇進。二代目志ん五を襲名した。

 再びスケボーに乗り始めたのはこの頃だ。レギュラー番組を持っている地元・埼玉のケーブルテレビで<落語家がスケボーに乗る>という企画があった。

 「久しぶりの板の感触で、懐かしくて最高だった。落語家は勤め人と比べて時間が自由に使えるから上達できるのかもね。こんなんだけど、今が一番ウマいと思うよ」

 あたしのスケボーとかけまして、腕の良い刑事とときます

 そのこころは

 足がついてないのに検挙(謙虚)に励みます

デニム地の着物姿でユーチューブ

 落語家は、「旅」と呼ぶ地方での仕事も多い。その時はホテルに前もって板を送っておき、仕事が終わったら、ボードを抱えて地元のスケボー施設(パーク)に行くのだ。

 「子供から大人までその土地のいろんな人たちと友達になれることが財産かな。相手がどんな人か分からなくてもボードを持っているだけで話が弾む。『今、カミさんが口をきいてくれない』なんて愚痴を聞かされたりね。北は北海道から、南は奄美大島まで、十数か所のパークに行ってます」

 自らが楽しむ様子をスマホで撮って動画投稿サイト「ユーチューブ」で発信している。あくまで「自分が忘れないようにメモのつもり」で、宣伝しようなんて気はさらさらない。それなのに、「20年ぶりにオーリーをやってみました」は視聴30万回を超えた。ウエアはデニム地の着物というこだわりようだ。角帯に尻っぱしょりで滑る動画に海外から「ユカタ ワンダフル」とコメントが寄せられたことも。「着物はね、上野の店で買ったんです。パークに行くと目立つんだよ。子供が寄ってきたりね」

やめられない「中毒性」の爽快感

五輪決勝に挑んだ堀米雄斗(7月25日)
五輪決勝に挑んだ堀米雄斗(7月25日)

 三十ならぬ、四十にして(ボードに)立つ――。何でそんなに楽しいのか。

 「難しいからかな。うまい人がやると簡単そうに見えるけど、あたしらは板の上に乗るのもままならない。そこを克服して、いっぱいある技の、一つでも二つでもできるとすごい爽快感なんだな。そのうえ中毒性もあって、やめられないの。でも危険なドラッグにハマっている人たちと違ってスケボーなら健康になれるよ」

 スケボーが東京オリンピックで採用されたことがうれしかった。

 「スケボーは日本では海外に比べてまだまだスポーツとしての認知度が低いし、選手もスケボーだけでやっていくのは苦しいと聞きます。地元オリンピックでの活躍がそうした環境を変える契機になればいいね」(敬称略)

取材協力・ハオレスケートパーク(埼玉県新座市)

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2232993 0 東京オリンピック2020速報 2021/07/25 14:25:00 2021/07/25 14:46:23 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210714-OYT1I50118-T.jpg?type=thumbnail
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