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小笠原諸島に初の聖火…「希望の火を未来につなげたい」

 
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 東京都内で8日目を迎えた東京五輪の聖火リレーは16日、伊豆諸島、小笠原諸島を巡り、武蔵野市に到着した。1964年の前回東京大会時に米国の統治下だった小笠原諸島には今回、初めて聖火が訪れた。島部では公道でのリレーも実施され、市部では特設会場で「トーチキス」が行われた。17日は、練馬区立練馬総合運動場公園が舞台となる。

トーチを掲げて走る前田さん(小笠原村の母島で)
トーチを掲げて走る前田さん(小笠原村の母島で)

 青い海と豊かな自然に恵まれた世界自然遺産の小笠原諸島・母島。晴天の下で潮風を全身に受け、本土復帰の年に生まれた前田豊さん(53)は「小さな島に初めて届いた希望の火を未来につなげたい」と声を弾ませた。

 本土から船で約26時間かかる人口約450人の小さな島。戦時中は強制疎開対象となり、自身は返還と同じ年に生まれた。島には砲台や防空 ごう の跡が今も残る。

 長女の玲ちゃん(8)は、珍しい生き物を見つけると名前や生態を教えてくれ、「大切にしなきゃいけないんだよ」と楽しそうに話す。そろそろ戦跡に連れていき、島の歴史と平和の大切さを語り継ごうと思う。

 帰島した父が植えた島レモンを使ったジャムの通信販売を手がける。購入者からの「コロナで今は行けないけれど、島のことを思い出す」という声が励みだ。「時間も距離も超えてつながる思いがきっとある」。そう信じ、島の未来を担う若者へトーチをつないだ。

米国統治 苦難の歴史

 小笠原諸島の島民らは、日米の間で揺れた苦難の歴史をかみしめつつ、「平和の火」を見つめた。

 「島内には今も、地下 ごう や高射砲といった戦争の爪痕が残っている。平和な時代を迎えたことを実感した」。16日、父島で聖火ランナーを見守った笹本好幸さん(80)はそう語った。

 父島で生まれ、太平洋戦争の戦火を逃れるために4歳で本土への疎開を強いられた。前回1964年大会のときは、横浜市に住んでおり、東海道新幹線が整備されるなど五輪に向けて復興が進んでいると実感した。同じ米国統治下にあった沖縄は、聖火リレーのスタート地となり、「小笠原が忘れられているのではないか」との疑問も抱いた。

 しかし、父島ではこの日、小さな子どもたちも沿道からリレーを見守っていた。「聖火が巡ってこなかった前回大会とは違い、ふるさとが平和に発展し続けていることが分かり、うれしかった」と感慨深げに話した。

 同諸島は戦前からハワイの人々が移り住み、日本人と欧米系島民は、時には対立しながらも共存してきた。16日、父島で3人の聖火ランナーを見つめた池田ケニーさん(63)は、「欧米風の街並みや青い海など島の魅力を多くの人に発信できたと思う。島全体で聖火リレーを楽しめた」と振り返った。

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2214211 0 東京オリンピック2020速報 2021/07/17 10:54:00 2021/07/17 10:54:00 聖火便り用 1070502 前田豊さん(16日、東京都小笠原村の母島で)=川口正峰撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210716-OYT8I50096-T.jpg?type=thumbnail
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