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恩師の墓前で「ようやくここまで来ました」…飛び込み・榎本遼香選手、2人で目指した舞台へ

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 「先生は近くで見てくれていますよね」。飛び込み女子で五輪初出場の榎本 遼香はるか 選手(24)(栃木県スポーツ協会)は亡き恩師への思いを胸に秘め、まずは25日の女子シンクロ板飛び込みに臨む。(工藤圭太、三枝未来)

1メートル65の長身を生かしたダイナミックな演技が持ち味の榎本遼香選手(5月3日、東京アクアティクスセンターで)
1メートル65の長身を生かしたダイナミックな演技が持ち味の榎本遼香選手(5月3日、東京アクアティクスセンターで)

 「飛び込み、興味ある?」。小学校高学年の時、地元・宇都宮市の体育館で体操クラブの練習をしていたら、カーテンの陰から手招きされた。飛び込みコーチの 馬場内ばばうち 登志絵さんだった。体操と飛び込み、どちらを選ぼうか迷っていると「合宿があります。来ますよね」と、半ば強引に勧誘された。

5月のW杯で五輪代表入りを決め、馬場内さんへの思いを語って涙を流した(5月3日、東京アクアティクスセンターで)
5月のW杯で五輪代表入りを決め、馬場内さんへの思いを語って涙を流した(5月3日、東京アクアティクスセンターで)

 馬場内さんの練習は厳しかった。月明かりで水面がうっすら見える程度の夜8時頃まで基本練習を繰り返したこともあった。急激に力をつけ、榎本選手は中学では全国大会に出場するまでに成長した。まさに伸び盛りだったその頃、2人の練習ノートに書き置きを残し、馬場内さんは突然、プールから離れた。「練習お休みすることになります」。榎本選手には伝えていなかったが、がんだった。

 半年後の2011年9月、榎本選手の携帯が鳴った。馬場内さんからのメールは死期を悟ったような内容だった。夜、慌てて病院に駆けつけると、既に延命治療は終わり、別れの言葉も言えなかった。42歳だった。「もっと教えてもらいたかった。何でしゃべれる時に会わせてくれなかったの」。変わり果てた姿の恩師を前に、泣き崩れた。

 一時は競技をやめようと考えたこともあったが、思いとどまった。馬場内さんは、初めて榎本選手を見た瞬間に「体のラインとつま先の伸びがドンピシャ。この子なら五輪に行けるかもしれない」と感じ、周囲に話していた。それを伝え聞いた。「先生が見つけてくれていなかったらこの競技は知らなかった」。再び飛び込みと向き合い始めた。

 今年5月のワールドカップで代表権をつかんだ後、墓前に報告に行った。「仏様に供えるような花は嫌いだったな」。馬場内さんがよく「主役は選手」と言っていたことを思い出し、ヒマワリなどが生けてある花立てにかすみ草を挿した。「ようやくここまで来ました。長かったですね。できることを淡々とやってきます」。空を見上げて誓った。

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2230995 0 東京オリンピック2020速報 2021/07/24 14:24:00 2021/07/24 15:56:04 女子板飛び込み予選を通過して五輪内定が濃厚となり、涙を流しながらインタビューにこたえる榎本遼香(3日午前11時51分、東京アクアティクスセンターで)=原田拓未撮影女子板飛び込み予選を通過し、インタビューにこたえる榎本遼香(3日)=原田拓未撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210724-OYT1I50075-T.jpg?type=thumbnail
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