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喜友名「金」、母に届け…遺影と表彰台「約束守ったよ」

  
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 鬼気迫る演武で、前評判通りの圧倒的な強さを見せた。沖縄県勢として初の金メダルに輝いた空手男子形の 喜友名きゆな 諒選手(31)( 劉衛流龍鳳りゅうえいりゅうりゅうほう 会)。晴れ舞台を楽しみにしながら亡くなった母に、約束した勝利を届けた。(行田航、矢野恵祐)

沖縄勢初の金メダル

空手男子形の表彰式で母・紀江さんの遺影と金メダルを持つ喜友名諒選手(6日、日本武道館で)=若杉和希撮影
空手男子形の表彰式で母・紀江さんの遺影と金メダルを持つ喜友名諒選手(6日、日本武道館で)=若杉和希撮影

 「お母さん、愛しているよ」。2019年3月、沖縄市での告別式。いつも感情を表に出さない男が、声を詰まらせて弔辞を読んでいた。母・紀江さんは乳がんを患い、57歳で亡くなった。

全日本選手権で優勝し、紀江さん(右)と勇さんに挟まれて写真に納まる喜友名選手(2015年12月、日本武道館で)=勇さん提供
全日本選手権で優勝し、紀江さん(右)と勇さんに挟まれて写真に納まる喜友名選手(2015年12月、日本武道館で)=勇さん提供

 中学3年から師事した元世界王者・佐久本 嗣男つぐお さん(73)の教えは「一瞬でも気を抜いたら、死を意味すると思え」。仮想の敵との攻防を演じる形の稽古は、常に緊張感に満ちている。その中でも、喜友名選手の姿勢は群を抜いていた。

 一日も練習を休まず、終わった後も、道場の鏡の前で形を磨き続ける。「一切妥協をしない、努力の天才。誰かが止めないと何時間でも稽古する」と佐久本さんは言う。

 空手漬けの毎日を支えたのが紀江さんだった。高校の部活が終わった後、道場がある恩納村まで片道1時間ほどの道のりを送り迎えし、車の中で食べる弁当を用意した。

 高校3年時には高校総体と国体に出場。父・勇さん(59)は「諒がめきめき成長していくのを、妻と一緒に楽しんでいた」と振り返る。

 紀江さんにがんが見つかったのはその頃だった。通院治療を続けながら、試合会場に足を運んだ。14年から世界選手権を3連覇し、国内外で無敵の強さを誇るようになってからも、息子の演武を心配げに見守った。

 16年に空手が五輪競技に採用されると、「五輪まで頑張ろう」が、勇さんと紀江さんの合言葉になった。しかし、病状は徐々に悪化。家族が見守る中、息を引き取った。「金メダル、頑張ってね」。息子に最後にかけた言葉だった。

 「自分の形を思い切りやれば、母も喜ぶ」。変わらず鍛錬を続けられたのは、東京五輪で恩返しをしたい、との思いからだった。

 試合後の表彰式。喜友名選手は母の遺影を手に表彰台に上がり、一緒に君が代を聴いた。

 「しっかり、約束を守ったよ。安心して」

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2268071 0 東京オリンピック 2021/08/07 05:00:00 2021/08/07 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210807-OYT1I50047-T.jpg?type=thumbnail
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