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「不毛の地」から「レスリング王国」へ、契機は86年「かいじ国体」

  
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 東京五輪に出場したレスリング男子日本代表6人のうち、実は、4人を山梨県勢が占めている。文田健一郎、乙黒拓斗の2人のメダリストを出した山梨。なぜここまで強いのか、「レスリング王国」の歴史に迫った。(清水誠勝)

 契機は1986年、県内で開かれた「かいじ国体」に遡る。当時の開催県にとって県勢の活躍は“至上命令”だった。競技力向上の大号令のもと、当時の県は各競技で全国各地の有力選手をかき集めた。同年7月22日付の読売新聞朝刊は「かいじ国体“優勝”へ 体育教員採り過ぎた」との見出しで、県が開会前5年間に、10年分にあたる120人もの体育教員を採用したと報じている。

「結束力の高さが山梨の強み」と語る下田正二郎氏
「結束力の高さが山梨の強み」と語る下田正二郎氏

 そんな状況下、レスリング競技のスカウトで中心的な役割を果たしたのが、県レスリング協会会長の下田正二郎(72)(山梨学院大レスリング部部長)だった。自ら車を走らせて全国各地を巡り、元学生チャンピオンらを「山梨を日本一の県にしよう」と口説いた。彼らの活躍もあり、県は総合優勝を果たした。

 当時の県勢には、後に韮崎工業高監督となる文田敏郎、ALSOKレスリング部監督となる大橋正教らがいた。文田は韮崎工業レスリング部を全国トップクラスの強豪に育て上げ、大橋は中学生以下の選手を育成する「山梨ジュニアレスリングクラブ」の設立に携わった。

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2272222 0 東京オリンピック2020速報 2021/08/09 17:44:00 2021/08/09 18:08:03 「結束力の高さが山梨の強み」と語る下田正二郎会長(7月21日、山梨学院大で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210808-OYT1I50064-T.jpg?type=thumbnail
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