<速報> 直木賞に島本理生さん「ファーストラヴ」
    文字サイズ
    パラフォト 平昌2018

    ストックのない腕も振る 新田佳浩、逆転の「金」

     パラリンピックに魅せられ、撮影を続ける植原義晴さんの写真とともにパラアスリートのドラマを紹介する。(文・メディア局編集部 込山駿)

    • 転倒の遅れを挽回すべく、力走した(17日、男子10キロクラシカルで)=フォトサービス・ワン提供、以下同
      転倒の遅れを挽回すべく、力走した(17日、男子10キロクラシカルで)=フォトサービス・ワン提供、以下同

    スタート間もなく転倒するも

     ストックを持っていない左腕も、リズミカルに振り続けた。春の平昌で、雪原の風になった。

     平昌パラリンピックの距離スキー男子10キロクラシカル(立位)は、上肢や下肢に様々なハンディキャップを抱えるスキーヤーたちがタイムを競った。雪に突き立てて大きな推進力を得るストックを、一方の腕にしか持てない選手も数多かったが、障害のある方の腕を、ここまでひたむきに動かして滑走する選手は、ほかに見当たらなかった。

    • 悲願の金メダルを首にかけ、恩師の荒井秀樹監督と満面の笑み(17日、メダルセレモニー後)
      悲願の金メダルを首にかけ、恩師の荒井秀樹監督と満面の笑み(17日、メダルセレモニー後)
    • 左腕をしっかり振って、軽快に疾走する新田佳浩(17日)
      左腕をしっかり振って、軽快に疾走する新田佳浩(17日)

     スタート間もなく転倒するアクシデントをものともせず、2大会8年ぶりの金メダルを鮮やかな逆転勝利で手にした。この競技の「レジェンド」と呼ばれる男がレース後、左腕を振り続ける理由を説明した。

     「失ったものを惜しんで、などという気持ちは、もちろんない。ぼくは、左右均等なバランスを意識している。自分に今あるもの、持っているものを、きちんと生かすこと。そうすれば、成長できるのかなという思いがある」

     左右均等なバランス――。荒井秀樹・距離スキー日本代表監督から、耳にタコができるほど説かれ続けてきたことだ。出会いは、中学卒業前の1996年だった。2年後の長野パラリンピックに日本代表の若手として出場してほしいと口説かれて以来、師弟の歴史は22年間に及ぶ。

     恩師には、スキーはバランスが大切なスポーツであり、身体の障害を抱える辺りにも筋肉をしっかりつけて鍛えなくては世界で戦えないという持論がある。日常生活から指導された。たとえば食事で、左腕の先をきちんと茶わんに添える。練習コースでは「左腕を、いかに大きくバランス良く振るかということが、1センチでも2センチでも前に進むことにつながる」と、たたき込まれた。

    体の末端まで意識したフォーム

     左半身を鍛えることは、いつしか恩師の持論から師弟の共通認識へと深まった。平昌大会前は、電動義手を使って重りを振る練習なども新たに取り入れ、さらに左半身を強化してきたという。「体の末端まで意識し、美しいフォームでスタートからゴールまで走りきることが、勝利への近道」だという考え方だ。

    • レース後、応援席で見守った妻の知紗子さんと手をつないだ。愛息の健翔ちゃん(左)と大翔くんも祝福(17日)
      レース後、応援席で見守った妻の知紗子さんと手をつないだ。愛息の健翔ちゃん(左)と大翔くんも祝福(17日)

     ライバルの一人で、銅メダルを手にしたマーク・アレンズ(カナダ)も称賛の言葉を発した。「片腕のクラシカルスキー選手として最高の技術を、彼は持っている。無駄のない滑り、技術の完成度と効率を追い求めてきた選手だ」

     世界の、そして日本の若手選手たちのお手本として、まだまだ活躍を続けてほしいパラアスリートだ。


     新田佳浩(にった・よしひろ)平昌パラリンピック・距離スキー男子日本代表(日立ソリューションズ)。農機に巻き込まれる事故で、3歳の時に左手の肘から先を失った。4歳からスキーを始め、距離スキーで中学の全国大会に出場後、パラ競技に転向。パラリンピックは1998年長野大会から平昌大会まで6大会連続出場。2002年ソルトレークシティー大会で銅メダル1個、バンクーバー大会で金メダル2個を獲得。ソチ大会はメダルに届かなかったが、復活を期した平昌大会で金、銀メダルを1個ずつ獲得した。1980年6月8日、岡山県生まれ。

     そのほかの写真もお楽しみください。新田佳浩編

    植原義晴のまなざし

     スタートしてから、わずか200メートルほどではないか。さあ、最初の上り坂――というところで、新田はつんのめるように転んでしまった。

     レース前の念入りなストレッチといい、集中の高まった表情といい、この種目にかける思いの強さは、ファインダー越しに痛いほど伝わってきていた。それだけに、早々に転倒したショックもきっと大きかったはずだ。

     そこから猛烈に追い上げて、金メダルを手にした。その体力と精神力は驚異的と言うしかない。2周目、3周目と撮り続けたが、軽やかで力みのない足取りには、転倒の影響など少しも感じられなかった。

     この上なく劇的なレースの直後、駆け寄った知紗子夫人の第一声が、ほほ笑ましかった。「なんで転んだの?」。仲むつまじい夫婦ならではのやりとりだ。愛息の健翔ちゃんと大翔くんも、うれしそう。家族の絆の深さを感じた。

     〈撮影者〉植原義晴(うえはら・よしはる) パラスポーツを追うフォトグラファー。出身地の横浜市で写真館を営む傍ら、2016年リオデジャネイロ・パラリンピック、17年パラアルペンスキー・ワールドカップ(W杯)白馬大会、今年のパラアイスホッケー4か国対抗戦などを撮影してきた。1970年3月25日生まれ。


    【パラフォト 平昌2018】
    ・大企業・トヨタを動かしたパラアスリート 森井大輝(2018年3月8日)
    ・氷上の小さなテクニシャン 上原大祐(2018年3月11日)
    ・女王ファルカショバ、信頼の高速シュプール(2018年3月14日)

    ・成田緑夢、左右違いのブーツがターンを変えた(2018年3月17日)

    2018年03月18日 14時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    PR情報
    PR
    今週のPICK UP
    PR
    今週のPICK UP
    プレゼントなど特典が満載! 読売ID登録(無料)はこちら