[スポーツの力]ちがいを超えて<4>練習 移動自由に…「介助前提」からの脱却
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「バリアフリー」とは何かの考え方が、2020年東京パラリンピック開催も機に問い直されている。世界の視点との出会いは、私たちにどんな気付きをくれるのだろう。
「日本は障害者が一人で利用できない『条件付きバリアフリー』が多い。世界中から障害者がやってくる東京パラリンピックでは、人の手を借りなければ移動できない駅などで、順番待ちの混乱が生じるのでは」

そう指摘するのは、1992年のバルセロナ・パラリンピック競泳代表で順天堂大医学部非常勤講師の山崎泰広さん(59)だ。障害を持つ人の「自立」について、米国と日本との間で、根本的な違いを見た経験がある。
山崎さんは、米国の高校に留学中の79年、生徒寮の窓から転落し脊髄を損傷。ボストン大学脊髄損傷センターでリハビリを受けた。医師から最初に言われた言葉が忘れられない。
「君はけがをする前と何も変わっていない。だから夢や目標を変えなくてもいい。ただ、障害を負ったことでこれまでと同じ方法ではできない。どんな方法と道具でやればいいかを一緒に考え、目標の達成を目指すのがリハビリだ」。前向きな気持ちになれた。
ところが、85年に帰国した日本では、自分は「障害者」だと痛感させられた。自立的に動ける環境の有無、支援機器のあり方、人々の障害への見方――などが理由だった。
欧米では、公共交通や施設は、本人が行動することを想定し整備されてきた。他方、日本国内の一般的な「バリアフリー」は、人の助けがあって成り立つものが多い。電車やバスに乗るには、駅員や運転手に頼み、スロープなどを設置してもらう必要がある。
機器のあり方

元東洋大教授で建築士の川内美彦さん(66)も、そんな思いを共有してきた。車いすで公共交通を利用する際、階段などで昇降機を駅員に操作してもらう必要が生じる。人の流れを止め、「駅員が周囲に大声で知らせるたび、自分の障害が強調されているように感じてしまう」。
川内さんは、車いすや支援機器についても、日本では障害を持つ人が主体的に使うために設計されていないと指摘する。「観光名所で電動車いすを借りたら、コントローラーが手元ではなく、介護者がいることを前提に背後についていた」
「保護の対象」
日本の障害者福祉は戦後長い間、障害者を「保護する対象」と捉えてきた。社会が支えるという意識が強く、技術やハード面では優れているものの、障害のある人が主体的に活動できるような環境整備が進みにくかった。ただ、障害者差別解消法制定や、高齢化の進展もあり、今は「自立」への環境整備に軸足を移す動きが出ている。
「障害者や高齢者には、環境と支援機器さえ整えば、自分で活動できる人も少なくない」と山崎さん。人が自尊心と活力を持ち生きるとはどういうことか。パラリンピック開催で世界から受ける刺激が、大きな気付きとなればいい、とも。
パラ会場 新基準で整備
東京パラリンピックを契機に、どんな変化が生まれ得るのか。
国立競技場など新設会場は、国際パラリンピック委員会(IPC)の指針も参考に整備された。車いす利用者が、観戦位置を選べる自由度の保証。会場が総立ちになっても車いす利用者の視界が遮られず、感動を共有できる体験の平等。こうした考えは、従来の日本の規定にはなかったものだ。
ただ一般社会にはそれ以前の問題も残る。笹川スポーツ財団の調査では、公共スポーツ施設は全国に5万以上あるが、障害者の利用が保証される施設は141。一般施設を利用しようとしても、「けがをする」「床が傷付く」など、拒まれることもある。他方、英国のガイドラインでは、「障害とは、障害を持つ人にあるのではなく、その行動を制限する環境の貧しさが創り出す」と規定され、障害者が施設を利用できないのは、施設側の落ち度になる。
IPCは「日本では障害を持つ人が街に出ない」(パーソンズ会長)とも指摘する。大会準備の課題の宿泊施設の少なさのように、「障害者は訪れない」ことを前提に施設整備が行われてきたことも一因では、と。大会開催で見えた課題を、変化につなげられるかが問われている。
段差なきトレセン

大型エレベーターに車いすでもすれ違える広い廊下、段差はなく、扉はすべて引き戸――。東京都北区の「味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)」に整備された拡充棟。9月に開所する施設は、障害の有無にかかわらず、誰でも使いやすいユニバーサルデザインが重視されている。
例えば広いプールサイドは車いすで移動しやすく、障害がない選手も陸上トレーニングの場所を確保できるなど、「小さな工夫を重ねることで、五輪とパラリンピック双方の選手が利用しやすい環境になった」。NTC副センター長で、パラリンピック6大会の競泳で21個のメダルを獲得した河合純一さん(44)(視覚障害)は言う。
拡充棟の共用が進めば、選手や競技間の「垣根」も、取り除けるかもしれない。五輪とパラリンピック間の情報共有が進み、パラリンピック競技を横断する合宿や交流が実現しやすくなる。河合さんは「違いを超えて選手がつながる機会が増えれば、新しい刺激や気付きが生まれる」と期待する。
ただ、拡充棟はあくまで象徴的な施設。国内の環境が、劇的に改善されるわけではない。日本パラリンピアンズ協会が2016年に行った調査では、パラリンピック代表選手でも5人に1人が「障害を理由にスポーツ施設の利用を断られたりした経験がある」と答えている。調査を担当した桐蔭横浜大の田中暢子教授は「トップ選手の練習環境は改善されているが、地方はまだ不十分」と指摘する。
河合さんは言う。「障害の有無にかかわらず、共に楽しむ。全国に拡充棟のような考え方の施設が増えていけば、誰にとっても暮らしやすい環境作りへの突破口になる」
[やってみよう!]両輪 同じ力でグイッ
20年東京大会では、障害を持つ人も多く訪れます。五輪競技会場「さいたまスーパーアリーナ」近くで24日、親子でバリアフリー体験をする催しが開かれました。
「両輪を同じ力で押せばまっすぐ進めますよ」。参加者は、駅前広場で行われた車いす体験で操作を教わったり、
ボランティアの平山道昭さん(77)は「障害者の立場から理解してほしい」と話し、参加した今井雄太君(11)は「目隠しで歩くのは難しい。大変そうな人がいたら声をかけたい」と語っていました。
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運動部・森太、社会保障部・村上藍、編集委員・結城和香子、デザイン部・中川博貴が担当しました。