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デビュー4年で「金」候補、抜群チェアワーク…バドミントン・里見紗李奈 23[Tokyo2020+]エース出陣

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バドミントン(車いす)里見紗李奈 23

バドミントンで初代女王を狙う里見紗李奈
バドミントンで初代女王を狙う里見紗李奈

 高校時代はファミリーレストランでアルバイトに励み、将来は接客業につこうと考えていた。無縁だったパラスポーツの世界。この5年で人生は一変した。今や、東京大会から採用されるバドミントンの初代女王に最も近い存在となった。

 「プレッシャーは感じていない。シングルスもダブルスも金メダルを取れば、パラバドミントンはすごく盛り上がる」。シングルスだけでなく、10歳上の山崎悠麻(NTT都市開発)と組むダブルスでも世界ランキング1位で臨む。

 高校3年だった2016年5月に交通事故に遭い、脊髄を損傷して歩けなくなった。入院は約9か月間に及び、退院後は家に引きこもりがちだった。病院でのリハビリ中、バドミントンを楽しんでいた様子を覚えていた父の敦さんは、「同じような障害の人たちと交流してもらえれば」と考えてクラブチームを探した。半ば強引に連れ出したのは、17年4月頃のことだ。「私一人だったら、入っていなかった世界。連れていってくれたことに感謝している」と里見は振り返る。

 そこは千葉市を拠点とする「パシフィック」というクラブだった。同じ車いすの選手として、後にともに東京パラ代表に選ばれることになる村山浩(SMBCグリーンサービス)が代表を務めていた。「若い女の子が来たな、くらいの感覚だった」と村山。試しに打ってみた。里見がラケットを振り、返ってきたシャトルを見た瞬間、「この子、絶対に強くなる」と確信した。その後、「一緒にパラリンピックに出よう」と声をかけた。里見も次第に心に火がついた。

 中学でバドミントン部に入っていた里見は、車いすでのプレーは「感覚的には全然違う別物」と言うが、47歳のベテランである村山は「立ってやる目線と車いすの目線は違うが、それを一発で合わせたのはすごい」とセンスを絶賛。その見立ては間違っていなかった。17年8月のデビュー戦でいきなり3位に。18年にはアジアパラ大会で銅メダルを獲得し、同年から日本選手権3連覇を果たした。19年には世界選手権を制しており、あっという間にトップ選手の仲間入りをした。

 強さを支えているのは、車いすを両腕で素早く操作するチェアワークだ。「粘り強くシャトルを追いかけるところが、自分の持ち味」。コロナ禍でパラが1年延期になると、ベンチプレスや懸垂などで筋力トレーニングに励んだ。「車いすを後ろに引く力、前に押す力には伸びしろがあると思った」と成長を続けている。

 メダル獲得とともにかなえたいことがある。「パラスポーツを通して、健常者と障害者の壁がなくなっていく社会になればいいという気持ちがずっとある」。様々な思いを胸に、パラの舞台に立つ。(帯津智昭)

  さとみ・さりな  1998年生まれ。千葉県出身。2016年に交通事故で脊髄を損傷し、両脚に障害が残った。17年からパラバドミントンを始め、19年世界選手権女子シングルス(車いす)で初優勝を飾った。世界ランキング1位。NTT都市開発所属。

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2283800 0 東京パラリンピック2020速報 2021/08/14 05:00:00 2021/08/23 12:58:34 パラバドミントン・日本選手権第1日。女子シングルス(車いすWH1)に出場し、3戦全勝した里見紗李奈。滋賀県草津市のYMITアリーナで。2020年12月19日撮影。同月20日東京朝刊12版掲載。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210813-OYT1I50181-T.jpg?type=thumbnail
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