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戦友は五輪「銀」梶原、刺激受けて磨いた上腕…パラカヌー・瀬立モニカ[仲間とともにTokyo2020+]<3>

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本番に向けて練習する瀬立モニカ(7月12日、石川県小松市で)=近藤誠撮影
本番に向けて練習する瀬立モニカ(7月12日、石川県小松市で)=近藤誠撮影

 東京五輪の閉幕翌日の今月9日。パラカヌー代表の 瀬立せりゅう モニカ(23)(江東区カヌー協会)のスマートフォンのLINE(ライン)にメッセージが届いた。

 <モニカも笑顔を忘れずにとびきり楽しんでね>

 送り主は、前日の五輪自転車で銀メダルを獲得した 梶原悠未かじはらゆうみ (24)。2人は筑波大時代の同級生で大の仲良し。ともにメダルを目指す戦友でもある。

ともに沖縄県で合宿していた今年1月、休暇日を梶原(左)とともに過ごした瀬立(沖縄県大宜味村で)=本人提供
ともに沖縄県で合宿していた今年1月、休暇日を梶原(左)とともに過ごした瀬立(沖縄県大宜味村で)=本人提供

 出会いは2015年11月。筑波大の推薦入学の試験会場で、瀬立はある受験生の鍛え抜かれた太い脚に目を奪われた。梶原だった。声をかけたのは梶原の方。「試験、緊張するね」。人見知りをする梶原が友達を作ろうと勇気を出した。

 そろって同大の体育専門学群に進学した。高校の体育で倒立前転の練習中に脊髄を負傷し、胸から下が動かない瀬立は、2年前からパラカヌーを始めていた。梶原は自転車で、ともにマイナー競技。一人で練習メニューを作り、自分を追い込む孤独な環境という点で共通しており、すぐに仲良くなった。

 先に4年に1度の大舞台に挑んだのは瀬立。16年のリオデジャネイロ大会で8位入賞を果たしたが、トップとは10秒以上の大差だった。世界の壁の高さを痛感した。

 大会後、2人は大学が用意した共用の部屋で練習を始めた。瀬立が気合を入れて午前6時半に練習室に入ると、すでに梶原がいた。びっしりと細かい字が書き込まれたノートを見て、「これ何?」と尋ねると、「1日の予定を決めているの。時間を無駄にしたくないから」と教えてくれた。

 梶原は当時、1日にロードで4時間、トラックで3時間練習した後、プールで3キロ泳ぎ込んでいた。たくましい太ももやふくらはぎは、 緻密ちみつ な計画と努力の結晶だった。「五輪を目指す選手はここまでやるんだ」

 自転車にとってのエンジンが脚ならば、カヌーは腕だ。瀬立は苦手だった筋トレに本腰を入れた。重さ10キロの車いすを体に固定して懸垂し、ベンチプレスで80キロを持ち上げた。上腕回りはリオ大会の時より6センチも太く、34センチに。力強いスタートダッシュが武器になった。パラ本番で注目してほしい所は「磨き上げた上腕三頭筋」と言い切る。

 瀬立が「悠未は貪欲で、完璧主義者」といえば、梶原も「勉強も競技も一切手を抜かないモニカから大きな刺激を受けた」と応じる。梶原の母、有里(49)は「2人とも似た性格をしている」と目を細める。

 東京大会に向け、取材を受けるたびに「金メダルを目指す」と豪語してきたが、それが重圧にもなっていた。支えは梶原とのラインや電話でのやり取り。「2人で金メダルをとって一緒に写真を撮ろう」。一人じゃないと思うと、心がすっと軽くなった。

 梶原は一足早く、銀メダルを勝ち取った。合宿先の石川県でレースを見つめた瀬立は、落車のアクシデントにも冷静に対応した親友の姿に「さすが悠未」と思った。「最後まで諦めない悠未の姿に、自分もやるしかないと覚悟を決めた」。次はモニカの番だ。(敬称略、小泉朋子)

 パラカヌー 2016年リオデジャネイロ大会から正式競技に採用された。主に下半身や体幹に障害のある選手が1艇に1人乗り、200メートルの直線コースでタイムを競う。瀬立が出場するのはパドルを左右交互にこぐ「カヤック」。今大会では、艇の片方に浮具がつき、左右どちらか一方のみをこぐ「バー」も種目に加わった。

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2299345 0 東京パラリンピック2020速報 2021/08/20 05:00:00 2021/08/23 12:06:09 本番に向けて練習する瀬立モニカ(12日、石川県小松市で)=近藤誠撮影2021年7月12日撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210820-OYT1I50019-T.jpg?type=thumbnail
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