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友へ恩返しのスパイク…シッティングバレー・西家道代[仲間とともにTokyo2020+]<4>

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大ケガ後 共に座ってプレー

シッティングバレーの練習をする(左から)西家、石田、五百旗頭(7月7日、兵庫県姫路市で)=秋月正樹撮影
シッティングバレーの練習をする(左から)西家、石田、五百旗頭(7月7日、兵庫県姫路市で)=秋月正樹撮影

 人生の時が止まったのは2003年5月のことだ。

 バレーの試合でスパイクを打って着地した瞬間、 西家にしいえ 道代(54)(コスモトレードアンドサービス)の左足が悲鳴を上げた。左膝 靱帯じんたい 断裂の大けがだった。医師から「治るかわからない」と告げられた。

 中高ともバレー部で、社会人でも兵庫県のクラブチームでバレーに打ち込んできた。仕事を終えると、誰よりも早く体育館へ。熱血プレーでチームを引っ張り、全国3位にもなった。

 2000年、長女を出産直後に亡くし、失意のどん底にいた時に、支えとなったのはバレーと仲間だった。

 入院生活は5年半にも及んだ。「死んでしまいたい」と思ったこともある。それでも、「またバレーがやりたい」。その一心で、度重なる手術や薬の副作用に耐えた。

 チームメートが見舞いに来てくれる時は苦しさを忘れられた。仲間にせがんで病院の裏でこっそりバレーのボールをパスし合った。石田幸子(65)は「本当にバレーが好きなんだな。彼女には帰って来られる場所が必要」と強く感じた。

 左膝が曲がらず、松葉づえが必要となった西家のため、チームメートの有志らが新チーム「 Soulソウル 」を結成してくれた。監督を任され、バレーに携わる喜びを感じた。ただ、やれることは指示や練習のボール出しくらい。さみしさも募った。

 退院から1年後。体育館にシッティングバレーを初めて見に行った。「風船でも使っているのか」。そんな予想は見事に裏切られた。床に尻をつけたまま動くのが基本ルールで、コートは狭い。その分、相手との距離が近く、一般バレーよりも速いラリーが展開されていた。

 「これはれっきとしたバレーだ」。止まっていた時が再び動き出すのを感じた。

 09年12月、そのチームに加入するとともに、Soulでも練習を続けた。一人座って懸命にボールを追う西家の姿に、誰からともなく言った。「ほな、みんな座ってプレーしようか」。Soulはシッティングバレーのチームに変わった。

 「みんな私のことを見てくれていたんだと思って、めちゃめちゃうれしかった」と西家は言う。

 パラリンピックなどを除き、シッティングバレーの国内大会には、ルールさえ守れば健常者も出られる。Soulのメンバーは3人の障害選手を含め、約20人となり、国内大会に出場している。仲間の 五百旗頭いおきべ 清子(62)は「みんな一生懸命でまっすぐな西家さんの人柄にひかれていた。競技もやってみたら面白くて、はまってしまった」と笑う。

 西家は10年にシッティングバレーの日本代表チームに入ると、12年のロンドン大会は主将として初出場を果たした。

 そんな代表の活動も、Soulのメンバーが支えてきた。兵庫県で合宿が行われる時は、ボール拾いや練習相手を献身的に務めている。「Soulのメンバーはいつも温かいし、通じ合える。心の支柱のような存在」と西家は言う。

 再び主将として臨む東京パラリンピックでは、日本シッティングバレー界初のメダルを目指す。「メダルを仲間にかけてあげたい」。それが最高の恩返しになると信じている。(敬称略、江口武志)

シッティングバレーボール  尻から肩までの一部を常に床につけた状態で行う6人制バレーボール。コートは一般のバレーボールより狭く、縦10メートル、横6メートル。ネットの高さは男子1.15メートル、女子1.05メートルと低く設定されている。男子は1980年、女子は2004年からパラリンピックの正式種目となっている。
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2301781 0 東京パラリンピック2020速報 2021/08/21 05:00:00 2021/08/23 11:56:59 東京パラリンピックに向けて練習を重ねる(左から)シッティングバレー女子の西家道代主将と石田幸子さん、五百旗頭清子さん(7月7日、兵庫県姫路市で)=秋月正樹撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210821-OYT1I50011-T.jpg?type=thumbnail
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