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元パラ選手と陸上選手の親子、2人で歩む夢舞台

   
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 東京パラリンピックの聖火リレーは24日、東京都内最終日を迎えた。渋谷区の都立代々木公園で点火セレモニーと到着式が行われ、中央、港、渋谷の3区で公道を走る予定だったランナーが参加した。その後、聖火は開会式会場の国立競技場(新宿区)にともされ、12日間の熱戦が始まる。

東京パラリンピックの開会式で日の丸を手に入場する尾崎さん親子(中央手前)ら(24日夜、国立競技場で)=杉本昌大撮影
東京パラリンピックの開会式で日の丸を手に入場する尾崎さん親子(中央手前)ら(24日夜、国立競技場で)=杉本昌大撮影

 国立競技場(新宿区)で午後8時から始まった開会式。国旗を手に入場したのは、1984年の米ニューヨーク大会から7大会連続でパラリンピックに出場し、やり投げや走り幅跳びなどで金5個を含む計11個のメダルを獲得した全盲の尾崎峰穂さん(57)(北区)だ。観客席に手を振る尾崎さんの隣には、棒高跳びで2024年パリ五輪を目指す次男の駿翔さん(21)が立ち、歩みをしっかりと支えた。(鍜冶明日翔)

 尾崎さんは強豪校のバレーボール部で活躍していた高校3年の時、急激に視力が低下し、視神経 萎縮いしゅく と診断された。盲学校に移ってからはスポーツから遠ざかっていたが、「怖くない競技もあるよ」と担任から勧められたのが、立ち幅跳びとソフトボール投げだった。練習に励み、83年の全国大会では優勝を果たした。

 その後はパラ種目のやり投げと走り幅跳びに転向したものの、当初は助走することも怖く、一歩ずつ確かめながら地道な練習を続けた。ニューヨーク大会では、走り幅跳びで当時の世界記録を更新。パラリンピックで得たメダルは11個にまで届いた。

 父親の背中を追って世界の舞台に目を向けているのが、日体大4年の駿翔さんだ。18年にはアジアジュニア陸上選手権の棒高跳びで優勝している。今年の日本選手権でも6位に入賞し、パリ五輪を視野に入れる。

尾崎さん(左)を支える次男の駿翔さん
尾崎さん(左)を支える次男の駿翔さん

 幼い頃から、尾崎さんの練習時には伴走ロープを持ち、自宅近くの都障害者総合スポーツセンターまでジョギングした。練習の合間には走り幅跳びを教えられた。足音だけで跳んだ距離や踏み切り具合を感じ取った尾崎さんからの「今のよかったね」という言葉が励みになった。

 駿翔さんがパラリンピックを初めて直接目にしたのは、尾崎さんが最後に出場した08年北京大会だ。やり投げの最終6投目で、8歳だった駿翔さんが「パパ頑張れ」と声援を送ると、尾崎さんはパラリンピックでのベスト記録をたたき出した。「応援を感じ取ってくれた父がすごい投てきをした。かっこいい姿にあこがれ、自分も五輪を目指すようになった」と振り返る。

 開会式で大役を務めた後、駿翔さんは「父とともにこの舞台に立つことができ、感謝しかない」と語り、五輪を目指す決意を新たにしていた。「競技とは違う緊張感と興奮があり、無事に終わってほっとした」と話した尾崎さんが「夢の続きは息子に託したい」と応じると、2人は笑顔の花を咲かせた。

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2312513 0 東京パラリンピック2020速報 2021/08/25 09:37:00 2021/08/25 10:18:14 東京パラリンピック開会式の冒頭、入場する日本国旗(24日、国立競技場で)=杉本昌大撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210824-OYT8I50110-T.jpg?type=thumbnail
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