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皆に恩返し「輝く銅」…車いすラグビー・池

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車いすラグビー3位決定戦の豪州戦で、突破をはかる池透暢選手(中央)(29日、国立代々木競技場で)=秋月正樹撮影
車いすラグビー3位決定戦の豪州戦で、突破をはかる池透暢選手(中央)(29日、国立代々木競技場で)=秋月正樹撮影

 2大会連続となる銅メダルを獲得した車いすラグビー日本代表。主将としてチームを引っ張った池 透暢ゆきのぶ 選手(41)(日興アセットマネジメント)にとって、前大会とは違った意味を持つメダルとなった。交通事故で亡くなった友に加え、応援してくれた全員への恩返しの気持ちを込めた。(上田惇史、虎走亮介)

亡き友・遺族への思い胸に

 相手エースの激しいタックルに倒れながらも、パスを出して得点につなげた。丸太のような腕や肩には、大きなやけどの痕。21年前の事故でできたものだ。

 大学生だった2000年3月、中学時代の友人4人とドライブ中に車が街路樹に衝突して炎上した。全身の75%をやけどし、左脚は切断、左手の感覚も失った。「生きている意味はあるのか」。両親に当たり散らした。

 同乗していた友人3人が亡くなったと母から知らされたのは事故から数か月後。「自分が一番つらいと思っていた。あいつらの分も精いっぱい生きよう」と心に決めた。2年半の入院生活で、皮膚移植などの手術は約40回に上った。

 退院後、車いすバスケットを経て、13年に車いすラグビーを始めると、2年後に代表チームの主将に就任した。16年のリオデジャネイロ大会は、正確なロングパスで日本史上初めての表彰台につなげた。天を仰いで、銅メダルを高くかざした。「メダルをとって友人たちが生きた証しを残す」という夢がかなった瞬間だった。

 葛藤も抱えていた。「亡き友の両親は、生き延びた自分の活躍を複雑な思いで見ているのではないか」

 リオ大会後、友人の墓参りをした。「よく頑張ったね」。遺族たちは、友の分まで必死に生きてきた自分の気持ちを理解し、応援してくれていた。「これからは自分のために生きてほしい」。その言葉に、心が軽くなった。

 「応援してくれる人の思いに応えられる選手になろう」。18年秋、米国に渡って世界最高峰のリーグで腕を磨いた。代表の練習では、若手選手に「苦しい時に逃げるな」と鼓舞してきた。

 金メダルを目指した今大会。目標に手が届かなかったことに悔しさを見せつつも、「たくさんの応援をもらい、全力でプレーすることができた。僕の中では今一番輝くメダルだと思っている」と胸を張った。表彰式では再び銅メダルを右手で高く掲げた。

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2324878 0 東京パラリンピック2020速報 2021/08/30 05:00:00 2021/08/30 05:00:00 車いすラグビー3位決定戦の豪州戦で、突破をはかる池透暢(中央)(29日午後3時20分、国立代々木競技場で)=秋月正樹撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210830-OYT1I50015-T.jpg?type=thumbnail
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