ニュース

「闘志」友がいたから…ボッチャ・高橋、早世の元王者へ誓ったメダル

 
メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

ボッチャのペア決勝で、狙いを定めて投球する高橋和樹選手(4日、有明体操競技場で)=泉祥平撮影
ボッチャのペア決勝で、狙いを定めて投球する高橋和樹選手(4日、有明体操競技場で)=泉祥平撮影

 若きライバルにささげる銀メダル――。ボッチャのペア(脳性まひ・運動機能障害)のメンバー、高橋和樹選手(41)(フォーバル)は、21歳で早世した元日本王者への思いを胸に大舞台に立った。(虎走亮介)

 柔道の強豪高校に進学し、高2の夏、試合で首を骨折して1年半入院した。鎖骨から下の感覚がなくなり、医師から言われた。「一生、車いすです」

 5歳で始めた柔道を失い、大学入学後も引きこもりがちになった。家族が気晴らしでパチンコ店に連れて行くと、のめり込んだ。畳を離れて以降、久しく味わっていなかった「勝負する熱い気持ち、負けた悔しさ」を思い出した。

 NPO法人に就職したが、30歳を過ぎても、目標がなかなか定まらない。そんな時、東京パラリンピック開催が決まった。40歳になる自分が、大会で活躍する姿を思い描くとワクワクした。

 自分の障害で挑戦できるのはボッチャしかない。知人に地元の埼玉県のクラブを紹介してもらい、2014年から練習を始めた。試合前には、緊張で吐き気を催す。勝利すると快感が走る。柔道をしていた頃の感覚がよみがえり、自然とギャンブルから遠ざかった。

 翌年の日本選手権で、斬新な戦術でプレーする若手と対戦。先天性筋ジストロフィーの高阪大喜選手だった。優勝は高橋選手がしたが、刺激を受け、練習相手になるよう頼んだ。

2016年の日本選手権での高橋和樹選手(左)と高阪大喜さん=高阪さんの家族提供
2016年の日本選手権での高橋和樹選手(左)と高阪大喜さん=高阪さんの家族提供

 愛知県から通う高阪選手は、自分の投球をじっと見て吸収しようとした。「次は勝ちます」と宣言し、16年の日本選手権は本当に優勝をさらった。高橋選手は、15歳下のライバルを強烈に意識するようになった。

 しかし、再戦の機会は訪れなかった。「筋ジスでよかった。ボッチャと仲間に出会えたから」。約9か月後、高阪選手はそんな言葉を残し、亡くなった。

 ライバルであり、友だった。「彼のためにもメダルを取る」。こう誓って練習を積んできた。先月上旬には実家を訪ね、仏壇の前で東京大会を戦い抜くパワーをもらった。

 4日の試合直前、高阪選手の母、貴美さん(57)がLINEで亡き息子の口癖を送ってくれた。「いつも通りに投げればいい」――。

 決勝戦では、3点を追う最終エンドで精密なショットを繰り出し、同点に追いついた。試合後、高阪選手について問われると、「メダルの報告ができるので良かった」と静かに語った。

無断転載・複製を禁じます
スクラップは会員限定です

使い方
2341496 0 東京パラリンピック2020速報 2021/09/05 05:00:00 2021/09/05 09:09:14 ボッチャペア決勝で、韓国と対戦する高橋和樹(4日、有明体操競技場で)=泉祥平撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/09/20210905-OYT1I50014-T.jpg?type=thumbnail
続きを読む

「ボッチャ」のニュース

パラリンピック 新着ニュース