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悩みながら走ってつかんだ銅、永田「シンデレラ・ボーイ」とは言わせない…男子マラソン

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 東京パラリンピックは5日、男子マラソンの上肢障害クラス(T46)でパラ初出場の永田務(37)(新潟県身体障害者団体連合会)が2時間29分33で銅メダルを獲得した。「悩みながら走った」というレースの先には歓喜が待っていた。(読売新聞オンライン・古和康行)

沿道からの声で「我に返る」

陸上男子マラソン(上肢障害)の表彰式で銅メダルを獲得した永田務(右端)(5日、国立競技場で)=鈴木毅彦撮影
陸上男子マラソン(上肢障害)の表彰式で銅メダルを獲得した永田務(右端)(5日、国立競技場で)=鈴木毅彦撮影

 順調に見えたレースだった。永田は中間地点過ぎまで先頭集団で走り、その勢いを生かして最後まで粘り、3位でゴール――。そんな風に見えたレースを永田は「葛藤していた」と振り返った。

 レース後半の30~35キロの皇居手前で、その「葛藤」はピークに達する。この種目の世界記録を持つオーストラリア選手の後ろを走っていた永田は4番手。1位、2位とは大きく離されつつあり、目の前の選手に勝つか負けるかで、メダルの有無がかかる大事な局面だった。

 この時、永田の頭の中は二つの気持ちで揺れ動いていたという。仲間たちの激励を思い出し、それをエンジンにする一方、メダルが取れずに頭を下げて謝っている姿も想像もしてしまった。「勝ちたい、でも負けたら……」。そんな葛藤に押しつぶされそうになった時、「永田!!」と沿道から名前を呼ばれ、ハッと我に返った。

 そこで「スイッチが入った」という永田。「ここで思い切って抜いたら諦めてくれるだろう」と開き直り、そのままオーストラリア選手を抜き去る。そのままメダルまで一直線だった。レース後、「誰だったのか分からない。ゼッケンを見たんだと思いますけど……」と笑いを誘った。

「パラが見つけられなかっただけ」

陸上男子マラソンで銅メダルを獲得し、健闘をたたえ合う上肢障害の永田務(左)と視覚障害の堀越信司(5日、国立競技場で)=杉本昌大撮影
陸上男子マラソンで銅メダルを獲得し、健闘をたたえ合う上肢障害の永田務(左)と視覚障害の堀越信司(5日、国立競技場で)=杉本昌大撮影

 2010年、産業廃棄物処理業に従事していた時、空き缶を分別中にプレス機に右腕を巻き込まれ、開放骨折の重症を負った。担当医からは「切断も覚悟してほしい」と告げられるほどの大けがで、皮膚の移植など10回もの手術を受けた末に重度のまひが残った。

 高校時代まで陸上部に所属し、箱根駅伝に出場する学校からも誘いを受けたこともある。社会人となってからも走り続け、けがをしても競技への意欲は捨てなかった。

 100キロを走破する「ウルトラマラソン」で、健常者に混じって日本代表として世界選手権に出場したこともある。東京パラ大会への出場資格を認定されたのは2020年3月のこと。今年2月のレースで2時間25分23秒のアジア記録をマーク、5月に今大会への出場が内定するなど、この1年余りで状況はめまぐるしく変わった。

 パラ陸上界に 彗星(すいせい) のごとく現れた永田は「シンデレラ・ボーイ」とよく言われるが、「今までも日本代表にも選ばれていた。パラが見つけられなかっただけ」と長年走り続けてきたプライドをのぞかせる。

 42・195キロを一気に駆け抜け、初出場で初メダルの快挙を成し遂げた。レース後には「最低限やりとげることはできた。まだまだ世界記録を狙います」と意気盛んだった。

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2342075 0 東京パラリンピック2020速報 2021/09/05 13:15:00 2021/09/05 13:20:32 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/09/20210905-OYT1I50073-T.jpg?type=thumbnail
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