希望見える日必ず来る

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 西日本豪雨の被害はいまだ全容がつかめず、連日、紙面には被災者の方々の悲しみや苦しみであふれています。 

 大阪市鶴見区の渡辺勝子さん(74)は、豪雨で大きな被害の出た愛媛県の出身です。 

 〈愛媛のひじ川が氾濫し、多くの浸水被害が出たことがショックでした。若い頃、この川で花火大会や鵜飼うかいを見に行ったことがあり、ふるさとが壊れることが悲しいです〉と沈痛な心情をつづった手紙を日曜便に寄せられました。 

 被災地で、この紙面を読まれる方もいらっしゃるでしょう。心よりお見舞い申し上げるとともに、決して希望を捨てないで。そんな思いを込め、本日は、ある豪雨水害の体験者の声をお届けします。 

 「被害の様子をテレビを見ては、涙を流しています。家族が行方不明だと無事を確認したいだろうなとか、何から手をつけていいか分からないだろうなとか、考えながら」 

 そう話すのは、和歌山県那智勝浦町の久保栄子さん(75)。2011年9月に和歌山、奈良、三重の3県で88人の死者・行方不明者を出した紀伊水害で、夫の二郎さん(当時69歳)を亡くされた方です。 

 「あの日は雨がひどく、近くの那智川を見に行くと、水かさが増していて。でも、近所の人と『気をつけようね』と話して、自宅に戻りました。ほどなく、家の中に水が入ってきてあっという間に胸まで。逃げようとしたけれど流されて、必死にもがいた手で道路のフェンスをつかみ、助かりました。夜が明け、水が少し引き、家に戻ると、夫と娘の姿がない。泣き崩れました」 

 娘さんは自宅の屋根に逃げていて無事でしたが、二郎さんは流されてしまい、数日後、遺体で見つかりました。 

 「夫の死を受け入れられなかったです。夫と同じ車を見るたび『お父さん!』と運転席を見て、違うんだって……その繰り返し。でも『生かされた命を大切にせなあかん』と体験談をつづって町に持って行くと、町の災害記録誌に採用されました。防災教育の場に呼ばれ始め、防災士の資格を取りました。今は手作りの紙芝居で水害の教訓を伝えています。原動力は悔しさ。まさか流されるなんて思っていなかったし、いつ、どう避難するかの知識もなかった。地域で防災意識を高く持っていれば、多くの命が助かったと思うから」 

 西日本豪雨の被災者には、こんな言葉をかけられました。 

 「いまは前を向く気持ちになれないだろうけれど、助かった命を大切にしてほしい。希望が見える日は必ず来ます。私も友達やボランティアの人たちのおかげで、いまがあります。家族だけで抱え込まず、周囲を頼ってくださいね」 

 次回は、被災者を支援するボランティアについて、考えます。(斎藤七月) 

 お便りは、〒530・8551(住所不要)読売新聞大阪本社社会部「日曜便」係、ファクスは06・6361・0733、メールはnichiyobin@yomiuri.comです。ウェブサイトでも読むことができます。「日曜便」で検索を。 

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