<速報> 公式ウェアで歓楽街、アジア大会バスケ代表4人帰国
     
    
    文字サイズ

    コンバイン(クボタ)

    稲作データ「収穫」生産向上

     発売50周年を迎えたクボタのコンバイン は、農家を稲刈りの重労働から解放し、生産性を大きく高めた。近年は情報通信技術(ICT)を取り入れ、「経験と勘」が頼りだった農業の風景を大きく変え始めている。(松本裕平)

    質と量

     「農機メーカーとしては負けていられない」――。社内でそんな声が高まったのは2010年頃のことだった。情報技術(IT)を活用して作物の収量などを管理する「営農支援システム」を、畑違いの電機各社が続々と市場投入し始めていた。

     収穫機技術部の高原一浩(57)は「農家が一番求めているのは、作物の質と量を上げることだ。それに応えるシステムにしなければ意味がない」と思っていた。

     コメの出来栄えや収穫量は肥料に左右される面が大きいが、その量やまき方は長年の経験や勘を頼りにしてきた。

     少しでも精密にならないものか――。高原が注目したのは「正確なデータ」の把握だった。コンバインで稲を刈り取る時にデータを取得できれば、どの場所でどんなコメがどれだけ取れたかという記録が手に入る。肥料の過不足が分かり、翌年からの散布に生かせるようになる。

     食味は、うまみの元となるたんぱくや水分の含有量で決まり、赤外線センサーで計測できる。収穫量は重量センサーで把握することが可能だ。これらをコンバインに搭載、調整を重ねて精度を高めた。

    収入50万円増

    • コンバインの開発や普及に力を注ぐ(左から)立野勇一さん、高原一浩さん、小林義史さん(堺市堺区で)=吉野拓也撮影
      コンバインの開発や普及に力を注ぐ(左から)立野勇一さん、高原一浩さん、小林義史さん(堺市堺区で)=吉野拓也撮影

     11年から始めた新潟県の実験では早速、効果が表れた。ある農家では、隣接する16か所の田んぼでコシヒカリを栽培していたが、それぞれの田んぼで食味や収穫量の計測値にばらつきが出た。農家は「違いが目に見えるようになった」と喜び、データを元に翌年から肥料の量を調整したところ、3年目には収穫量で15%増、収入ベースで50万円増となった。

     新型コンバイン「ダイナマックス レボ」は14年6月に発売。だが、新たな問題が持ち上がった。計測したデータは、パソコンやスマートフォンのアプリを使って管理する仕組みだったが、機器に慣れない高齢の生産者には拒否反応があったのだ。

     アグリソリューション推進部の小林義史(42)は「これでは農家に格差を生んでしまうことになる」と危機感を覚えた。全国の農家を回って研修会を開くことにし、17年には全国40か所で約800人を「指南」した。小林は「農家の希望にどう追いつくか。それが我々の仕事」と語る。

    体の負担減へ

     こうした最新技術が搭載された大型モデルは1台1000万円前後と高額で、農業生産法人が主な顧客だ。一方、小規模な農家は高齢化による体力の衰えや担い手不足など深刻な問題を抱える。18年3月に北海道や東北の農家を回った営業担当の立野勇一(40)は「体に負担をかけない機能へのニーズはますます高まっていく」と感じた。

     コンバインの発売50年を記念した小型モデルは、刈り取り部の深さ調整など必要な四つの操作を一つにまとめ、操作性を高めた。18年には自動運転機能付きのコンバインも発売する。もうかる農業、使いやすい農機――。挑戦に終わりはない。(敬称略)

     

     稲の収穫と脱穀を同時にこなす農機として、1968年に発売。77年には刈り取ったもみめる「グレンタンク」を業界で初めて搭載した。88年には車体の傾きを水平に補正する機能を開発するなど性能面で業界の先頭を走り、国内市場でのシェア(占有率)は5割近くになる。89年からは稲作を行うアジア諸国を中心に販路を拡大した。畑作用もある。2017年3月末時点での累計販売台数は国内が98万3858台、海外が25万352台に上る。

     

    農家の声生かし改良

    木股昌俊(きまた・まさとし)社長 66

    • クボタの木股昌俊社長
      クボタの木股昌俊社長

     農家にとって稲刈りは重労働。私も実家が岐阜県の農家で、子どもの時に手伝ったが、稲束は重く、籾殻が体中に付いてかゆかった。コンバインは刈り取りから、束ねて乾燥するまでの工程を自動化した。発売した昭和40年代は米の収穫量が増えていた時代で、飛ぶように売れた。

     高度経済成長期には地方から都会に人が流出し、農家は人手不足になった。コンバインはこの国の農業だけでなく、経済発展にも貢献したといえるだろう。当社もコンバインで稼いだ資金で1975年に茨城県に工場を建て、海外向けの農機も作り始めた。現在のグローバルな事業展開を支えた商品でもある。

     この50年間、農家の声を聞くことで性能を進化させてきた。小型化や自動脱穀、2018年には人の監視は必要だが自動運転機能付きのコンバインを出す。高齢になって廃業する農家も増えており、少しでも役に立ちたい。

     19年に売上高2兆円、22年に2兆5000億円という目標を掲げている。コンバインなど農機は建設機械、エンジンに並ぶ3本柱だ。すでに一定のシェア(占有率)がある中国やタイに加え、機械化率の低いバングラデシュやインドネシアなど次の成長市場を狙っていきたい。

     

    こんな会社 1890年、久保田権四郎氏が大阪で創業。鋳鉄管の製造技術の開発に尽力し、都市部の水道、ガスの普及に貢献した。1947年、耕運機の生産・販売をきっかけに農機メーカーとして発展。建設機械、環境プラントも手がけ、現在は世界110か国以上で事業を展開している。17年12月期の連結売上高は1兆7515億円で、海外が3分の2を占める。従業員数は3万9410人(17年12月末時点)。

    2018年04月04日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
    リンク