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    「読み解く」(4) わずかな痕跡容疑者示す

    別人と一致「4.7兆分の1」

     10億分の1グラム。気の遠くなるような、少なさだ。「これだけで十分、鑑定できる」。千葉県柏市の郊外にある警察庁科学警察研究所で、主任研究官の関口和正(50)は胸を張った。

     現場に残ったわずかな血痕や唾液、爪、毛根。そこからDNAを検出し、容疑者を特定する「DNA鑑定」の技術はこの30年間、急速に発展し、捜査を変えた。

     採取したDNAが別人のものと一致する確率は、国内では4兆7000億人に1人。ほぼ間違えない。「個人を識別する技術は完成の域に達している」と関口は言う。

     DNA鑑定は1985年に英国で開発された。科警研が導入したのは89年。当時はまだ、現場に残された血痕などから容疑者の血液型を特定する程度の識別法しかなく、大きな期待が寄せられた。

     だが、精度は低く、数百人に1人の割合で別人と一致する恐れがあった。「指紋ほど正確ではない」とも言われた。

     精度が上がり始めたのは2000年代。過去の判決を覆す例も増えた。90年の足利事件では、昔の鑑定で有罪判決を受けた男性が、鑑定のやり直しで無罪となった。97年に発生した東京電力女性社員殺害事件では、無期懲役の判決を受けた男性が最新技術によるDNA鑑定で無罪となった。

     いまやDNA鑑定抜きに捜査は語れない。全国の警察が1年間に行ったDNA鑑定の件数は、92年は22件だったが、2016年には約30万件だ。

     警察庁は容疑者のDNAの型を登録するデータベースも作った。登録数は昨年末現在で約104万件に上っている。

     DNA鑑定は、捜査以外でも活用が進む。京都大教授の玉木敬二(60)らは、DNAの配列の違いから、「またいとこ」までの血縁関係を判別する手法を開発した。現在の一般的な技術で鑑定できるのは親子や兄弟姉妹の関係までが限界だ。玉木の手法なら、災害時の身元不明遺体の調査などに役立つという。

     鑑定を請け負う民間業者も増えた。「依頼の半分は親子鑑定だ」。ある民間業者は語る。体外受精で生まれた子が、本当に自分の子かどうかを確認したいという相談もひっきりなしだ。鑑定費用は1回2万円前後が相場という。

     課題もある。「高感度になったがゆえの『落とし穴』がある」と、指摘するのは関西医科大教授の赤根敦(57)だ。近年の技術はわずかなDNAでも検出できるため、偶然混ざった他人のDNAを検出してしまうことがある。

     05年に茨城県で女児の遺体が見つかった事件では、遺体の手に付着していた微量のDNAが、捜査員のものと一致した。捜査員が不用意に遺体の手を握った際に皮膚片が付着したためだった。誤った情報に警察は翻弄された。

     また、鑑定業者の中には、依頼者から提供された細胞を海外の業者などに送り、鑑定してもらった結果を通知するだけの会社もある。これは、DNAという「究極の遺伝情報」の海外流出という問題を招く。

     元科警研所長の名古屋大名誉教授、勝又義直(74)は「鑑定のあり方について、規制も含めて議論するべきだ」と話す。

     

    ◆塩基の並び順で識別

     DNAは、4種類の「塩基」と呼ばれる物質が約30億対、並んでできている。並び方はバラバラだが、途中、同じ並び順が何回か繰り返すことがある。何回繰り返すかは人によって違う。そこに着目したのがDNA鑑定だ。何回繰り返しているのか、その違いを比べることによって個人を識別する。

     例えば、山田さんのDNAを鑑定すると、塩基がずらりと並んでいる中で、「AATG」という並び順が6回繰り返していた。ところが、佐藤さんのDNAでは、山田さんより2回多い8回も繰り返していた。

     もし、事件現場に残っていたDNAを鑑定した結果、繰り返しが6回であれば、山田さんが容疑者である可能性が高くなる、という具合だ。

     こうしたDNAの違いは、親子ですらある。地球上で唯一同じなのは、一卵性双生児だけだ。

     DNAを増やす技術もある。事件現場に残されたDNAはたいてい、わずかな量でしかない。だから鑑定は大変だ。そこで、DNAの調べたい部分を機械で数十万~100万倍に増やす技術も開発された。「PCR法」と呼ばれている。(敬称略)

    2018年01月26日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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