マイベストフォト部門
完了しました




自然に触れ あふれ出る喜び 【選評】 野口健

車のウィンドーが下りて、マスク姿の子どもが顔を出す。柔らかく笑った目の先にあるのは、咲き誇る桜の花と、舞い落ちる季節外れの雪。車から降りてカメラを向けた親の目も、優しさにあふれているようだ。大賞に輝いた「今年の花見」は、2020年を象徴する一枚だった。
写真が撮られた3月29日は、新型コロナウイルスの感染拡大が影響し、首都圏などで「不要不急の外出自粛」が要請された週末だった。ほとんどの小中学校が休校のまま春休みに入り、子どもたちは外で遊ぶのも、ままならなかったはずだ。この写真には、そんな社会の中にいる子どもが、桜や雪という大きな自然に触れたときの喜びが、あふれ出ているように見えた。
春以降、私自身も外出を控えていた。7月下旬、雨ならば「3密」を避けられるだろうと思い立ち、八ヶ岳まで足を延ばした。登山は約4か月ぶりだった。強めの雨に打たれてびしょぬれになったが、うつうつとしていた気分が流されていくように感じて心地よかった。自然に触れられる喜びは格別だ。今回、審査委員特別賞にも豊かな自然を感じられる写真が選ばれたように思う。
「春雪」は大賞作品と同じ3月29日に撮られた。作者の自宅マンションから見下ろした所に桜の木があり、大きなかけらとなった雪が降り注いでいる。ポツンと一人だけ写り込んだ子どもの、はしゃぐ姿がほほえましい。駆けだした先には、親がいるのかもしれない。
「森の貴婦人」は、深い森に立つ1本の樹木が、鮮やかな新緑を舞台に大きく手を広げて、オペラでも演じているかのような軽やかさを感じた。じっと見ていると、じんわりと面白みがにじみ出てくる。
「87歳の冬」は、雪かきをする女性の笑顔が、いきいきと輝く印象的な写真。雪はしんしんと静かに降っているのだが、元気な声が聞こえてきそうだ。大きなスコップや裸電球の色味も、豊かな地域の営みを表しているように感じた。