【震災9年】支援の光 届かぬ生活

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 床板がなく地面がむき出しの部屋。外壁の隙間からは冷たい冬の風が吹き込む。「寝ている頭の上をネズミが歩いていくのよ」。ふすまとカーテンで仕切られた隣の一部屋で、宮城県石巻市の女性(78)は震災から9年の年月を過ごしてきた。

ふすまの向こう側

ふすまとカーテンで仕切られた部屋から生活の明かりがもれる。女性(78)は震災直後、かろうじて残った畳一畳分の床板で生活してきた。持病のリウマチで片付けもままならず、生命保険を解約し生活資金にあてたという。支援団体などの助けを借りて、自宅は一部損壊認定から大規模半壊認定に変わった。しかし修理できた部屋以外はあの日のままだ
ふすまとカーテンで仕切られた部屋から生活の明かりがもれる。女性(78)は震災直後、かろうじて残った畳一畳分の床板で生活してきた。持病のリウマチで片付けもままならず、生命保険を解約し生活資金にあてたという。支援団体などの助けを借りて、自宅は一部損壊認定から大規模半壊認定に変わった。しかし修理できた部屋以外はあの日のままだ

 東日本大震災で損壊した自宅に住み続ける「在宅被災者」。仮設住宅などに比べ、困窮の実態が把握しにくく、行政の支援の網から漏れている人もいる。女性の場合、補助金を使って居間と玄関、台所は修理できたものの、ほかの部分は直す余裕はない。トイレにも困り、風呂は週1回のデイサービスに頼っているという。

 住宅再建に向けた制度の周知が十分に行き届いていないことにも一因があるが、支援制度自体にも課題がある。例えば、応急修理費用を使うと仮設住宅への入居資格を失うほか、補修目的の加算支援金を受け取ると、住宅再建が完了したと見なされ、災害公営住宅へ入居できなくなる。

 佐藤悦一郎さん(75)は、震災で自宅に泥水が押し寄せ、2階での避難生活を続けていたが、仮設住宅への入居を希望すると「自宅が残っている」との理由で断られた。知り合いが仮設や災害公営住宅に次々と入っていくのを目の当たりにし、行政から置き去りにされたと感じてもいる。

 石巻市では、聞き取り調査を行い、困窮している在宅被災者などのために新たに「小規模補修補助金」制度を創設し、さらにその活用拡大のために、訪問調査を継続している。しかしながら同市関係者は「被害があまりにも甚大で、個別の状況に差がありすぎ不公平感が生まれてしまった。そうならないように災害時の補助は、だれでも理解でき、複雑な条件を課さない制度であるべきだが……」と悩みを打ち明ける。

 震災後から在宅被災者に寄り添い、支援活動を続けてきた一般社団法人「チーム王冠」代表理事の伊藤健哉さん(53)は「被災地の中で今、支援できているのはまだまだほんの一部」と語った。(写真と文 冨田大介)(宮城県石巻市で、昨年12月12日~今年1月23日に撮影)

使えない風呂

昨年3月までこの家に住んでいた横江義行さん(65)は8年間、風呂が使えず、炊飯器でお湯を沸かして体を拭いていた。役所では家があるから仮設には入れないと言われ、いつしか自宅には「危険だから入らないでください」という赤い紙が貼られていた。「いったいどうすればよかったのか……」。当時を振り返っても答えは出ない
昨年3月までこの家に住んでいた横江義行さん(65)は8年間、風呂が使えず、炊飯器でお湯を沸かして体を拭いていた。役所では家があるから仮設には入れないと言われ、いつしか自宅には「危険だから入らないでください」という赤い紙が貼られていた。「いったいどうすればよかったのか……」。当時を振り返っても答えは出ない

天井も柱も

1955年に父親が建てた家は震災で無残な姿になった。佐藤与次郎さん(88)は200万円ほどかけ修理をしたが、雨漏りで天井は抜け、つっかえ棒を使ってやっと戸の開け閉めをしている。「お金があれば全部直している。足が悪くなければ自分で直したいくらいだ」
1955年に父親が建てた家は震災で無残な姿になった。佐藤与次郎さん(88)は200万円ほどかけ修理をしたが、雨漏りで天井は抜け、つっかえ棒を使ってやっと戸の開け閉めをしている。「お金があれば全部直している。足が悪くなければ自分で直したいくらいだ」

震災から9年がたち、佐藤悦一郎さん宅の柱は朽ちて、床下はかびだらけになっている。家の修理にお金を使い果たし、現在は生活保護に切り替え、食料支援などを受けるがぎりぎりの生活は続く
震災から9年がたち、佐藤悦一郎さん宅の柱は朽ちて、床下はかびだらけになっている。家の修理にお金を使い果たし、現在は生活保護に切り替え、食料支援などを受けるがぎりぎりの生活は続く

畑で助けに

「チーム王冠」は昨年から食料支援のために畑で野菜を作り始めた。石巻市だけで、現在も約120世帯を支援している。「人間は本当に生きるか死ぬかの瀬戸際に立たないと他人に『助けて』と言えない。震災を機に困窮した人はまだまだいるはず」と在宅被災者の声に耳を傾け続けている
「チーム王冠」は昨年から食料支援のために畑で野菜を作り始めた。石巻市だけで、現在も約120世帯を支援している。「人間は本当に生きるか死ぬかの瀬戸際に立たないと他人に『助けて』と言えない。震災を機に困窮した人はまだまだいるはず」と在宅被災者の声に耳を傾け続けている

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1096546 0 ズームアップ 2020/03/09 15:00:00 2020/03/11 11:19:30 2020/03/11 11:19:30 ふすまとカーテンで仕切られた部屋から生活のあかりがもれる。女性(78)は震災から半年以上、かろうじて残った畳一畳分の床板で生活してきた。持病のリウマチで片付けもままならず、生命保険を解約し生活資金にあてたという。支援団体などの助けを借りて、自宅は一部損壊認定から大規模半壊認定に変わった。しかし修理できた部屋以外はあの日のままだ https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/03/20200309-OYT8I50038-T.jpg?type=thumbnail

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