[自民党研究 政党を問う]第1部 地方・党員<2>竹下王国の一番長い日

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 1月9日は、島根県の自民党関係者にとって「一番長い日」となった。

 「総合的に判断し、大庭おおばさんでいきましょう」

 東京都内のホテルで開かれた党島根県連の会合。4月の県知事選を巡り、会長の竹下亘(72)(衆院島根2区)は、松江市出身で元総務省消防庁次長の大庭誠司の名前を挙げ、党本部への推薦を宣言した。かすれ、絞り出すような声だった。

 推薦申請があった候補は3人。竹下の威光が行き渡る県連からすれば、この鶴の一声で2時間の協議がまとまるはずだった。だが、竹下に連なる県議から猛然と異論が上がった。

 「どうしてですか!」

 県議の多くは、福岡出身ながら元県政策企画局長の丸山達也を推していた。最終的には竹下の判断が了承されたが、不服とする県議からは「地元の声を無視するのか」と厳しい言葉が飛んだ。知事選は44年ぶりの自民分裂が決定的となり、竹下は力ない足取りで会場を後にした。

 その約30分後、竹下は自らが率いる平成研究会の派閥事務所で記者会見を開き、食道がんに侵され、入院治療に入ることを公表した。かすれた声はがんによるものだった。

 平成時代は1989年、竹下の兄の登が首相の時に幕が開いた。登は島根の自民党をまとめ上げて「竹下王国」を築き、中央では田中派を割って経世会(後の平成研究会)を旗揚げし、権勢を振るった。

 登の秘書を手始めに、県議、参院議員を務め、王国を支えてきた元官房長官の青木幹雄(84)にも竹下の病気の一報はもたらされた。記者会見前日の1月8日、長男で参院議員の一彦(57)を経由して話を聞いた青木は「こればっかりはしょうがないわね」と言葉少なだった。

 昨年4月、竹下が平成研の新会長に就任し、およそ四半世紀ぶりに「竹下派」が復活した。名門派閥として存在感を示そうとしていた時期だけに衝撃は大きい。全盛期を知る青木は、足元の反乱に力なく語る。

 「昔だったら考えられないことだ。まぁ、時代が変わったんだな」

 平成の終わりに、王国は試練を迎えている。

(敬称略)

 

「竹下」の結束 今は昔

「皆の手で」

 島根県の山あいにある雲南市掛合かけや町。鈍色にびいろの空が広がり、根雪が残る。

 「知事選では、自民党の推薦候補予定者の勝利に向けてお力添えを賜りますようにお願いします」

 1月26日、掛合交流センターで開かれた自民党支部の会合で、闘病中の県連会長、竹下亘(72)のメッセージが読み上げられた。

 掛合は竹下や兄・登の出身地で、いわば竹下家の「聖地」(参院議員の青木一彦)だ。出席者のテーブルには、竹下の実家の造り酒屋「竹下本店」が醸す清酒「出雲ほまれ」が並び、メッセージは竹下の弟で13代当主の三郎が代読した。

 竹下の意向は拍手で迎えられたが、ひときわ大きな拍手が湧き起こったのは、その後に登壇した元自民党参院議員の景山俊太郎(74)のあいさつの時だった。

 「この地域は過疎、高齢化が進み、産業は遅れ、厳しい状態だ。今年は御代みよが替わる。上から『この人ですよ』という選挙は時には必要だが、時代が替わる時には皆の手で選ぶべきだ」

 4月の県知事選を巡り、県議の大半が元県政策企画局長の丸山達也を推しているにもかかわらず、元総務省消防庁次長の大庭おおば誠司の擁立に踏み切った竹下らへの批判だった。知事選には4日、前安来市長の島田二郎も名乗りを上げ、保守分裂は更に拍車がかかる。

 「竹下王国」の島根では、現在も自民県議22人のうち18人が竹下系列に名を連ねる。竹下の後援会組織は選挙区の衆院島根2区にとどまらず、全県域に及び、「島根丸ごと1県が竹下後援会」とも称される。

 

23年連続1位

 力の源泉は公共事業の誘致にあった。島根は、登が首相になった翌年の1988年度から2010年度まで、1人あたりの公共投資額が23年連続で全国1位だった。しかし、利益誘導が姿を消すにつれ、王国も変質した。小選挙区制導入で衆院島根1区の細田博之(74)が地盤を築くうちに系列の色合いも薄まった。

 登の誕生月の2月にちなむ県議会内の派閥「きさらぎ会」は毎年、新年会などを開いて結束を確認していたが、3年前に解散した。青年団時代から登と親交があった県議の浅野俊雄(88)は「もう派閥は時代に合わないということになったんだわ」と寂しそうに語る。

 中選挙区時代は自民党同士が議席を争うため、より巨大な後援会を持ち、系列の地方議員を自在に動かせることが大物議員の証しだった。新潟の元首相、田中角栄もその一人だ。

 田中の後援会「越山会」の幹部だった新潟県議の三富佳一(80)は、同会がかつて会員へのサービスとして行っていた旅行のことを思い出す。

 「バスを10台くらい借り切って、後援者を1泊で旅行に連れていくんだ。各地区、支部ごとに行うから1か月くらい続いた。越山会流の旅行はすごかった」

 

公共事業誘致 陰り

高齢化の波

 今、こんな光景はほとんど見られなくなった。

 自民党参院議員の二之湯智(74)(京都選挙区)は1月14日、京都から三重県伊勢市の伊勢神宮に向かうバスの中でマイクを握り、後援会員に笑顔で語りかけた。

 「1回目のお伊勢参りから、あっという間の32年。今年もまた、政治活動をご支援いただきたい」

 1987年に京都市議に初当選して以来、伊勢神宮初詣のバスツアーを続ける。今年はバス2台で約80人が参加した。かつては参加者が500人に上り、2日に分けて開いたこともあったが、近年は高齢化に伴い、参加者が減っているという。

 遠ざかる国会議員と系列議員、後援会員との距離。それは自民党の金城湯池といえども例外ではない。(敬称略)

 

小選挙区制 じわり影響

 小選挙区比例代表並立制は1996年10月の衆院選で初めて実施され、2017年衆院選まで8回行われてきた。

 読売新聞社の自民党員調査では、党員歴が短いほど国会議員や地方議員らの後援会に所属している割合が低くなっており、後援会主体の選挙からの脱皮を狙った選挙制度改革が浸透している一端がうかがえる。

 後援会に所属している割合を党員歴の期間別にみると、中選挙区制を経験している党員加入歴「30年以上」の層が72%で最も高かった。党員歴が短くなるにつれて低くなり、加入歴「5年未満」では54%だった。

 選挙制度改革は「政権交代可能な2大政党制」の実現も想定していた。党員調査では、2大政党による政治が望ましいかどうか聞いたところ、「望ましい」57%で、「そうは思わない」34%を上回った。

 一般有権者でも「望ましい」56%、「そうは思わない」33%とほぼ同じで、自民党員と一般有権者で2大政党制に対する考え方に差はないことが分かった。

423955 1 政治 2019/02/05 05:00:00 2019/02/05 07:15:47 2019/02/05 07:15:47 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190205-OYT1I50015-T.jpg?type=thumbnail

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