高校時代の菅氏は「目立たなかった」一方で「周囲に望まれてリーダーに」

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 菅義偉氏は1948年、農村地帯で冬は雪深い秋田県秋ノ宮村(後の雄勝町、現在は湯沢市)で、農家の長男として生まれた。父は地元でイチゴの栽培を始め、農家を束ねる生産出荷組合の組合長として活躍。雄勝町の町議会議員も務めた。

 地元の小中学校を卒業し、家業の手伝いをしながら湯沢高に通った。同級生からは「おとなしい」「目立たなかった」との評がある一方、「周囲に望まれて押し上げられるタイプのリーダーだった」との声もある。

 高校卒業後に上京して段ボール工場で働いたが、間もなく「視野を広げたい」と退職。アルバイトで学費を稼ぎ、2年遅れで法政大に進学した。卒業後、衆院議員の秘書を経て横浜市議を2期務め、1996年の衆院選で初当選。現在まで連続8回当選している。

 2006年には第1次安倍内閣で総務相として初入閣し、「ふるさと納税」の創設に尽力。12年に第2次安倍内閣の官房長官となり、歴代最長政権の屋台骨として安倍首相を支え続けた。昨年4月には新元号を発表した「令和おじさん」として話題になった。

 選挙区は神奈川2区(横浜市西区など)だが、故郷への思いは強い。10年に亡くなった父親の墓参など今も時間があれば故郷を訪れる。高校時代の先輩にあたる元湯沢市長の斉藤光喜さん(74)は「湯沢の知名度アップなど様々な相談に乗ってくれた。『雪は大丈夫?』と心配してくれ、偉ぶることなく応じてくれた」と振り返る。

無断転載・複製を禁じます
1478038 0 政治 2020/09/15 11:36:00 2020/09/15 12:06:17 2020/09/15 12:06:17 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/09/20200915-OYT1I50030-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

アクセスランキング

新着クーポン

NEW
参考画像
2000円1900円
参考画像
ランチでご来店のお客様にジェラートをサービス
参考画像
アクティビティご利用でソフトドリンク1本サービス

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
YOMIURI BRAND STUDIO
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ