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戦後の日本外交見守る「宮殿」、最も格式高い客間の天井に「朝日を背にした女神」

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[New門]は、旬のニュースを記者が解き明かすコーナーです。今回のテーマは「迎賓館」。

 東京・元赤坂の迎賓館は、国賓として来日した各国首脳らをもてなす国の重要施設だ。東京五輪に合わせた菅首相の「五輪外交」の舞台にもなった。西洋風のネオバロック様式ながら、和の意匠も取り入れた宮殿は、半世紀近くにわたって戦後の日本外交を見守ってきた。

典雅・荘厳「素晴らしい歓待ありがとう」

 8月上旬、一般公開に参加して迎賓館を訪れた。ユリノキの並木を抜け本館に足を踏み入れると、一気にきらびやかな世界に引き込まれた。 ぜい を尽くしたシャンデリアや壁面を飾る典雅な彫刻の数々に、見学者から歓声が上がった。ひときわ目を引いたのが「朝日の間」だ。名前の由来にもなった「朝日を背にした女神」が天井に描かれ、ノルウェー産の大理石でできた16本の円柱が部屋を囲む。荘厳さから最も格式の高い客間とされる。

 7月下旬には菅首相がこの部屋で、マクロン仏大統領をはじめ、東京五輪の開会式に出席するために来日した各国首脳らとの会談に臨んだ。マクロン氏は室内を見渡しながら「素晴らしい歓待をありがとう」と謝意を述べたという。新型コロナウイルスの感染拡大で海外からの賓客が途絶えており、迎賓館で外国要人を接遇するのは1年7か月ぶりのことだった。

元々は東宮御所 五輪事務局に利用も

 迎賓館は当初、皇太子ご一家のお住まいである東宮御所として1909年に建設され、「赤坂離宮」と呼ばれた。戦後、皇室から国に移管され、政府は国立国会図書館などとして利用した。64年東京五輪では組織委員会事務局を置いた。日本が国際社会に復帰する中で「海外からの賓客をもてなす施設が必要だ」との機運が高まり、67年に迎賓館への転用が決まった。

 迎賓館が74年11月、初の国賓として迎え入れたのはフォード米大統領だ。米国の現職大統領としても初の来日だった。

 革新団体や過激派は来日反対の動きを強めており、当時の読売新聞は「厳戒下、ヘリで迎賓館入り」の見出しで、フォード氏が羽田空港から米空軍ヘリで迎賓館に降り立つ様子を伝えている。この際、フォード氏が記念植樹したハナミズキは、今も敷地内に残る。79年に日本初開催となった先進7か国首脳会議(G7サミット)以降、東京で開かれた3回のサミットはいずれも迎賓館が会場となった。

 最近では、2019年10月に当時の安倍首相が、天皇陛下の「即位礼 正殿せいでん の儀」に参列した各国首脳ら57人と、5日間にわたって個別会談を行った。同年5月、令和初の国賓として来日したトランプ米大統領と安倍氏との首脳会談でも使われた。迎賓館での接遇回数はこれまでに計357回を数える。

 国賓級の要人は迎賓館に宿泊するのが慣例で、賓客のサインを集めた「御署名簿」も貴重な史料だ。ただ、迎賓館の客室は22室と少ないため、「帯同者が多い場合はホテルを使うケースもある」(外務省幹部)という。19年のトランプ氏も都内の高級ホテルに宿泊した。

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2357815 0 政治 2021/09/11 05:00:00 2021/09/11 22:47:22 2021/09/11 22:47:22 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/09/20210910-OYT1I50136-T.jpg?type=thumbnail

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