トライ 皆で支える…ラグビーW杯 あと226日

経団連副会長を務める新日鉄住金社長の進藤孝生さん(69)は、秋田高時代にラグビーと出会い、大阪・花園での全国大会で活躍した。当時の思い出や企業経営との共通点などを聞いた。ワールドカップ(W杯)日本大会12会場の一つとなる福岡を盛り上げようと奮闘する女性グループの話題も紹介する。

「現場」信じて任せる…新日鉄住金社長 進藤孝生さん

 釜石シーウェイブスのサインボールを手にしてインタビューに答える進藤さん=吉川綾美撮影
釜石シーウェイブスのサインボールを手にしてインタビューに答える進藤さん=吉川綾美撮影

――ラグビーを始めたきっかけは。

「秋田高の入学式で、鈴木健次郎校長が『汝(なんじ)、何のためにそこにありや』ということをキーワードに、厳しい鍛錬の高校生活をしてくれと言ったこと。二つ目は英語の授業で紹介された池田潔さん(英文学者、元慶大名誉教授)の『自由と規律』という本。英国の(私立伝統校)パブリックスクールでは、功名心を抑え、肉体的苦痛を払いながら、自分の所属するチームに貢献することを教えていると知った。三つ目は、ラグビー部の児玉市郎監督の『1時間練習』だ」

――当時、1時間だけの練習は先進的だ。

「進学校だから、朝から晩まで練習するわけにはいかない。グラウンドをいっぱいに使う試合形式の練習が多く、僕ら1年生は初心者だったので、球がどういうふうに動くかわかった」

――2年生時に大阪・花園での全国大会に初出場して4強。

「1回戦の神戸村野工(兵庫)戦は、相手が小さく見えた。スクラムも意外と軽く、(全国でも強豪の)秋田工と組んでいる時と全然違う感じだった。秋田県のレベルが高かったと思う」

――新日鉄釜石が強かった時代に入社。

「(1976年度の日本選手権で)釜石が初優勝した時、(北海道の)室蘭(製鉄所)にいた。『所長名でお祝いの電報を打つから、電文を書け』と言われた覚えがある。(74年度の)茨城国体では全北海道の一員として釜石と試合をして0―50で負けた」

――ラグビーのチームプレーの精神とは。

「1人でトライするのは難しい。スクラムを押して球を出し、パスをつないで、トライできる。『Honor is equal(オナー・イズ・イコール=名誉は等しい)』として、トライをした人を支えた人を評価するスポーツ。そういうものがないと勝てないスポーツでもある」

――時に現場の判断に委ねる姿勢も学んだ。

「昔は試合が始まれば、監督は何も言わなかった。全部、主将以下に任せる。東日本大震災の時、救援物資をどうやって釜石で配るか、現場から相談があった。社員だけにおにぎりを配るわけにはいかない。総務担当の副社長だったが、『現場の空気と距離感は、現場でしか判断できない』と言った。やっぱり現場に任せないといけないと感じた」

――ラグビー経験者が実業界で活躍している。

「社会の中で1人だけでやる仕事はほとんどない。集団の中でどういう位置に立ち、どう動けばいいか。ラグビーでは体で覚えられる。今は社長としてリーダーシップを取るが、経団連の中では(リーダーを支える)フォロワーシップを発揮しないといけない。そういう経験の積み重ねが、会社の経営にも生きてくる」

――W杯への期待を。

「ラグビーは世界的にはメジャーなスポーツ。前回W杯で日本が南アフリカを破った時は出張先の米シカゴで、『お前は日本人か。良かったね』と声をかけられた。ぜひそういう(世界が注目している)ことを味わってもらいたい」(聞き手・帯津智昭)

しんどう・こうせい
1949年9月生まれ。秋田県出身。秋田高2年時に全国4強、3年時は8強に進んだ。ポジションはナンバー8などFW。一橋大でもプレーし、73年、新日本製鉄に入社。2012年に住友金属工業との合併で新日鉄住金となり、14年から社長。17年から経団連副会長を務める。今年4月1日に社名変更して発足する「日本製鉄」で、代表権のある会長に就く。

[なるほど! ラグビー]ボール 倒れたら手放す

立ってプレーするのが原則のラグビーでは、タックルされて倒れた選手は速やかにボールを手放さなければならない。プレーを故意に停滞させるのを防ぎ、スピーディーに試合を進めるためだ。倒れているのに球を持ち続けたと判断された場合は「ノットリリースザボール」(not release the ball)の反則となり、防御側にペナルティーキックが与えられる。

よく見られるのは、ボールを「手放せない」ケース。攻撃側の選手がボールを手放すと防御側に奪われる状況で起きやすい。このような状態にならないためには、球を持つ選手が孤立しないように、味方がタックル地点やその後に形成される密集にいち早く駆け付け、安全に球を手放せるようサポートすることが重要だ。

防御側としては、タックルした選手の近くにいるプレーヤーが絡むことで、「ノットリリース」を誘うことが狙える。日本代表フランカー西川(サントリー)は「ボールを取れたらベスト、奪えなくても(相手がボールを放す)時間を遅らせることができたらベターと考えてプレーしている」と話す。

[ようこそW杯]@福岡…黄色い声援 届けたい

W杯でグループリーグ3試合の舞台となる福岡で、女性のラグビー愛好家による応援グループ「福岡ラグフェアリー」がファン開拓に努めている。

代表の瀬尾明華(さやか)さん(29)がラグビーと出会ったのは、19歳の時。地元の大学の試合を観戦し、同世代の選手たちが仲間のために体を張って前へ進む姿に衝撃を受けたという。「自分より強い相手に、逃げずに立ち向かう。世の中に出ても、彼らのように生きていけたら格好いいな」。しかし、スタジアムの観客はまばら。「もっと選手たちにスポットライトを当ててあげたい」との思いが芽生えた。

2015年W杯イングランド大会前に活動を始め、日本が南アフリカから大金星を挙げた試合を仲間と一緒にパブリックビューイングで観戦した。その後も、コカ・コーラや九州電力など地元チームの協力を得て、ルールの勉強会や現役選手との交流会を重ね、「グラウンドに黄色い声援を届けよう」とそろいの黄色いTシャツを着て地元チームを応援してきた。

SNSや口コミで徐々に輪が広がり、これまで主婦や会社員など延べ約200人の女性たちがイベントに参加した。メンバーの児玉周子さん(31)は数年前に地元チーム同士のトップリーグ入れ替え戦を観戦し、「他のスポーツと迫力が違う」とのめり込んだ。

福岡県はラグビースクールが盛んで、多くの日本代表選手を輩出しているほか、東福岡高が全国高校大会で6度優勝し、「ラグビーどころ」として知られる。だが、W杯に向けた盛り上がりは今ひとつ。瀬尾さんは「駅や街を見渡しても『ラグビー』の文字が目に入ってこないのが悔しい。興味のない女性にW杯、ラグビーを知ってもらえるきっかけを私たちが作りたい」と言葉に力を込める。(財津翔)

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