[桜の記憶]<6>カーワン流 喜び半分

カナダと引き分け、選手たちをねぎらうカーワン・ヘッドコーチ(中央)=松本剛撮影

2007年にフランスを中心に開催された第6回ワールドカップ(W杯)でヘッドコーチ(HC)として日本を率いたのは、ジョン・カーワンだ。ニュージーランド代表の名選手として鳴らした男は、選手たちに武士道の精神を熱っぽく説いた。前回大会に続いて主将を務めた箕内(みうち)拓郎(43)は「日本人特有のものを引き出したかったんだと思う。それを通じて外国人選手も含めて一つにまとまった」と回想する。

主将を務めた箕内拓郎

日本代表初の外国人指揮官として迎えたフランス人の元HCは海外クラブとの二重契約問題が発覚して解任され、同年1月に就任した。NECでプレーした経験があり、親日家の新HCは「ジャパニーズ・スタイルを確立することが世界と互角に戦う唯一の方法」と強調。俊敏さや運動量を生かす戦術を目指した。

準備期間の短かった日本は、W杯本番で勝負に出る。メンバーが優勝候補の豪州との初戦と、フィジーとの第2戦に振り分けられ、主力のほとんどがフィジー戦に名を連ねた。中3日という厳しい日程も考慮し、フィジー戦に照準を合わせる戦略だった。豪州戦は「捨てゲーム」なのかと、批判の声も上がった。

勝負をかけたフィジー戦。豪州戦で先発し、この日は控えとして試合前練習に臨んでいたWTB小野沢は悔しさをぶつけるようにチームを鼓舞した。強豪フィジーとは大接戦になった。しかし、1点を追う後半25分、途中出場の矢富が負傷で退き、本職のSHを失った。急きょ、大西将太郎(40)とロビンスが交互にSHの位置へ。「人生で一番走った」大西は、試合後に体重が5キロも減った。大会前から主力の故障離脱が相次いだ不運は、大一番でもチームを襲った。

大西将太郎

W杯連敗「13」でストップ

ウェールズ戦も落とし、最終カナダ戦。後半ロスタイム、平のトライで10―12に迫ると、右からの難しい角度のゴールキックを大西が決めて引き分けに持ち込んだ。W杯での連敗を「13」で止め、歓喜の輪ができた。ただ、やはり勝たなければいけなかったと大西は語る。「帰国して空港でそれなりに人が待ち受けていると思ったら……」。ファンはほとんどいなかった。

23年のW杯は、07年と同じフランスが舞台となる。箕内は言う。「23年フランス大会やその後にもつながるよう、日本の中でメジャースポーツと位置づけられるような熱い試合をしてほしい」。日本で開催されるW杯へ向け、今のメンバーたちにそうエールを送る。(敬称略)(今井恵太)

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