【桜を胸に】<中>トンガ出身 代表入りの草分け

これまで多くの外国出身選手が桜のジャージーに袖を通し、世界を相手に戦ってきた。その草分けが、大東大、東京三洋(現パナソニック)でプレーし、日本代表としてテストマッチ(国・地域代表同士の国際試合)4試合に出場したトンガ出身のホポイ・タイオネ氏(62)だ。

「そろばん留学生」旋風

日本代表としてプレーするタイオネ氏(中央)=本人提供

1980年、7年後の第1回ワールドカップ(W杯)に日本代表として出場したノホムリ・タウモエフォラウ氏(63)とともに来日し、大東大ラグビー部に入部した。留学はトンガ国王の意向でそろばんを学ぶのが目的。タイオネ氏はラグビー経験がほとんどなかった。

大東大監督だった鏡保幸氏(69)は振り返る。「ラグビーを通じて日本の生活になじんでもらおうという話で、戦力になるとは思っていなかった」。タイオネ氏も「練習についていくので必死。日本語を覚えるのも大変で、よく間違えた」と懐かしむ。

身長1メートル88のタイオネ氏は、ナンバー8として急成長した。ラインアウトで長い腕を駆使してボールを確保し、ボール争奪戦でも力を発揮。84年秋、外国出身者として初めて日本代表に選ばれた。

当時の代表監督、宮地克実氏(78)は「ほかの選手と比較して面白いと思ったから呼んだ。日本語が上手で、助っ人という感覚はなかった」と振り返る。代表でチームメートだった林敏之氏(59)も「違和感はなかった。私が『よし、行くぞ』と声をかけたら、『よし、死ぬぞ』と意気込んでいた」と述懐する。

その後、第1回から3大会連続でW杯に出場したシナリ・ラトゥ(現在の氏名はラトゥウィリアム志南利)ら、タイオネ氏と同郷の選手が続々と大東大に留学。大学日本一に輝くなど「トンガ旋風」を巻き起こし、日本代表としても活躍した。

現役時代を振り返るタイオネ氏(シドニーで)=矢萩雅人撮影

99年W杯では、ニュージーランド出身のアンドリュー・マコーミックが外国人として初めて日本の主将を務めた。宮崎市で合宿中のメンバーにも、主将のリーチ(東芝)ら外国出身選手が半数近く名を連ねている。

現在は豪州で暮らすタイオネ氏。母国以外の国の代表として戦った当時を「日本は自分のふるさとだと感じて試合に臨んだ。日本のために戦わないといけないと思った」と振り返り、地元開催のW杯に臨む後輩たちに「技術はある。(勝利に向けて)貪欲に戦う気持ち、侍の心を忘れてはならない」とエールを送る。

主な外国出身の日本代表選手

(名前 出身地 主な所属 キャップ数)
トンプソン ルーク NZ 近鉄 64
リーチ マイケル NZ 東芝 59
ホラニ 龍コリニアシ トンガ パナソニック 45
ツイ ヘンドリック NZ  サントリー 43
ニコラス ライアン 豪州 サントリー 35
ウェブ 将武 NZ ワールド 35
アイブス ジャスティン NZ キヤノン 33
ラトゥ ウィリアム志南利 トンガ 三洋電機 32
ジェームス・アレジ NZ NTTドコモ関西 32
マレ・サウ NZ ヤマハ発動機 27

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