あの日、日本は強かった…ラグビー元南ア主将 ジャン・デビリアス氏

 ジャン・デビリアス 1981年2月、南アフリカ・パール生まれ。2002年に南ア代表として初出場し、W杯は07、11、15年と3大会連続で出場した。12年、主将に就任。主にCTBとして通算109キャップを獲得した。15年W杯で重傷を負い、代表引退を発表。16年に現役を退いた。
ジャン・デビリアス 1981年2月、南アフリカ・パール生まれ。2002年に南ア代表として初出場し、W杯は07、11、15年と3大会連続で出場した。12年、主将に就任。主にCTBとして通算109キャップを獲得した。15年W杯で重傷を負い、代表引退を発表。16年に現役を退いた。

ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会開幕まであと80日。初の8強入りを狙う日本代表の地位を引き上げたのは、前回の2015年W杯イングランド大会で南アフリカ代表から挙げた歴史的大金星だ。その試合で南アの主将を務めたジャン・デビリアス氏(38)が読売新聞のインタビューに応じ、当時の思いを語った。 (南アフリカ南西部パールで、南恭士、写真も)

――前回大会で日本に敗れた。

「ラグビーの歴史でずっと語られる試合だろう。スカルク・バーガーやフーリー・デュプレア(元サントリー)ら日本でプレーしていた選手もいたし、エディー・ジョーンズ氏が(ヘッドコーチとして)指揮する日本は難しい相手だと分かっていた。十分に準備したつもりだったが、少しでも隙を与えるとそこに付け込まれた。終了間際、主将のリーチ(マイケル)が(PGを)蹴らない判断をした時、『リーチのミスだ』と思った」

――日本の最後のプレーは選手の選択だった。

「ラグビーは主将が最終的に意思を決定する。リーチの決断はたたえられるべきだ。100回戦えば99回は南アが勝つかもしれない。でもあの日、日本は間違いなく南アより強かった。ラグビーが世界に広まり、進歩したことを示す試合だと思う」

――3位となった南アはどういうチームだったか。

「すごく強く、経験豊富な選手と若手が交ざっていた。(日本に負けた)あのような経験をすると、チームがバラバラになるか団結するか、二つに一つだと思うが、幸運にも団結できた」

――今年のW杯での日本をどう見るか。

「難しいW杯になる。前回のパフォーマンスがよかったし、開催国でもあり、期待はすごく大きい。ただ、それだけの期待を背負ってW杯を戦うのは初めてだろう。グループリーグにタフな相手が集まった。もし、アイルランドに次いで日本が(A組を)2位で通過し、南アが(B組で)1位になれば、準々決勝で対戦する」

――その時に勝つのは。

「ノーコメント。(過去1度しか対戦していない)日本だけが、南アが勝ったことのないチームだが」

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