ニュージーランド<上>強くて人気「国の顔」

「センター・オブ・ニュージーランド(NZ)」。NZ南島の町、ネルソンの小高い山の上に、地図上のNZ中心地を示す観光スポットがある。その麓の広場が、NZラグビーの発祥の地だ。1870年5月14日、英国留学から帰国したチャールズ・モンローに紹介されたラグビーの試合が、NZで初めて行われた。観客は約200人だったという。

現在のNZ代表オールブラックスにつながる歴史は、ここから始まった。国内各地にクラブチームが作られ、急速に競技が普及した。「5年後には、国内を船で移動し、あちこちで試合をするチームもあった」。NZラグビー博物館のスティーブン・バーグ館長は語る。84年に代表チームが初めて結成された。4年後にはラグビーの「母国」イングランドなどを訪ね、1年2か月をかけて108試合を戦い、79勝を挙げた。

NZラグビー発祥地にある記念碑(3月、NZ・ネルソンで)=帯津智昭撮影

それから1世紀近くがたった1987年、NZと豪州を舞台に第1回ワールドカップ(W杯)が開催された。初代王者に輝いたNZは、強化も先進的だった。

首都ウェリントンの北約140キロ、パーマストン・ノースのマッセイ大学に98年、代表専用練習拠点が設けられた。グラウンド3面、室内練習場、宿泊施設を備え、99年、2003年W杯へ向けたトレーニングが実施された。ただ、W杯優勝に届かず、現在は使っていない。施設のマネジャー、ジェームス・アモン氏は「練習拠点を持つことは他競技でも始めている。オールブラックスの取り組みは早すぎたのかもしれない」と話す。

テストマッチ勝率7割超

テストマッチ(国・地域代表同士の国際試合)の勝率が8割近くになるオールブラックスの世界的知名度に着目し、米保険大手AIGは12年にNZラグビー協会と巨額のスポンサー契約を結んだ。16年には新たに6年契約を締結し、日本法人の広報担当、デービッド・ヒース氏は「強くて安心できる存在は保険会社に合う。日本ではラグビーは知らなくても、オールブラックスは知っている人も多い」とW杯日本大会へ期待を示す。

NZの玄関口と言えるオークランド空港にはオールブラックスの公式ショップがある。まさに、「国の顔」と言える存在なのだ。

90メートル独走、体重120キロで快足

オールブラックスは、W杯をわかせるスター選手を数多く輩出してきた。

ジョン・カーワンは1987年の第1回W杯でトライ王に輝いた名WTB。イタリアとの開幕戦で、巧みなステップで次々相手をかわした約90メートル独走トライは、世界に衝撃を与えた。

95、99年W杯で2大会連続トライ王に輝いたジョナ・ロムーは、1メートル96、約120キロの体格で100メートルを10秒台で走ったWTB。95年大会準決勝のイングランド戦で、正面から相手をなぎ倒してトライを決めた場面は有名だ。2015年に急逝した際には、国際統括団体ワールドラグビー(WR)のラパセ会長(当時)が「ラグビー界で世界最初のスーパースターだった」との声明を出した。

11、15年W杯を連覇したチームの主将、リッチー・マコウは、NZ最多148キャップを誇るフランカーだ。15年W杯決勝で流れを決定づけるドロップゴール(DG)を決めたSOダン・カーター(現神戸製鋼)は、テストマッチ1598得点の世界記録を持つ。現在のチームでは、16、17年に2年連続でWRの年間最優秀選手に選ばれたSOボーデン・バレットが最大のスターで、日本大会での活躍も期待されている。

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