オーストラリア<下>名選手 日本強化に貢献

後半ロスタイム、相手を振り切って同点トライを決める神戸製鋼のウィリアムスさん(左)。試合は18―16で神鋼が制し、3連覇を達成(1991年1月8日)

日本のラグビーファンに語り継がれる名勝負がある。1991年1月8日、全国社会人大会決勝。3連覇を狙う神戸製鋼が三洋電機に12―16でリードを許し、後半ロスタイムに入った。プレーが途切れればノーサイドとなる状況で、自陣から右へ展開する。CTB平尾誠二さんからパスを受けたWTBイアン・ウィリアムスさん(55)が約50メートルを独走して同点トライ(当時のトライは4点)を決め、奇跡的な逆転勝利につなげた。

89年に来日したウィリアムスさんは、現役の豪州代表「ワラビーズ」の一員だった。当時はラグビーがアマチュア主義を守っていた時代。「働いて給料をもらいながらラグビーができるのが魅力だった。豪州はアマチュアのクラブのラグビーだけだった」と振り返る。

現役時代を振り返るウィリアムスさん

94年度まで神戸製鋼でプレーし、日本選手権7連覇に貢献。日本代表にも選ばれた。現在は豪州を拠点に弁護士として活動する。今でも日本の取引先と独走トライの話題で盛り上がることがあるといい、「(パスを受けてからトライまでの)10秒間で人生が変わった。ラグビーで一番思い出深いのはあの場面」と話す。

日本と豪州のラグビーを通じた交流は100年近い長い歴史を持つ。27年に早大が豪州へ遠征し、胸を借りた。7年後、豪州学生代表が来日し、日本代表と対戦した。75年には日本が豪州へ出向き、ワラビーズと初めてテストマッチ(国・地域代表同士の国際試合)を戦った。

豪州代表最多139キャップのSHジョージ・グレーガン(46)が日本のサントリーでプレーしたように、多くの名選手、指導者が活躍し、日本の競技力向上を支えてきた。2015年ワールドカップ(W杯)で日本を率いたエディー・ジョーンズ氏も豪州出身だ。

幾多の日本選手が豪州へラグビー留学してきた。日本人留学生を受け入れてきた「ノーザンサバーブスクラブ」(シドニー)元会長のリチャード・ショウさん(77)はこう懐かしむ。「日本企業がクラブのスポンサーになり、留学生を受け入れただけでなく、こちらからも日本にコーチを派遣し、強化に貢献した。非常に良い関係が作れていた」

最近では、日本代表の堀江翔太(パナソニック)、稲垣啓太(同)、松島幸太朗(サントリー)らが海を渡り、この国をホームとするスーパーラグビー(SR)のクラブでプレーした。

豪州協会のキャッスルCEO

豪州協会のレイリーン・キャッスル最高経営責任者(CEO)は、国内でW杯日本大会のチケットの売れ行きが好調なことを挙げ、「W杯期間中、多くの人が日本を訪れる。日本人は我々を快くもてなしてくれる。ファンは日本で特別な体験をすることになるでしょう」と語る。W杯を機に、日本と豪州の関係はさらに深まるだろう。(豪州編は、矢萩雅人が担当しました)

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