3度目トライ 実った…初代表の山中選手

日本代表に選ばれた山中選手(10日、フィジーで)=伊藤紘二撮影

ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会に挑む日本代表31人が29日決まった。ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(49)が最後に名前を読み上げたのは、8年前に代表候補に選ばれながらドーピングでグラウンドを離れた山中亮平選手(31)(神戸製鋼)。励ましてくれた平尾誠二さん(故人)への感謝を胸に再起した。

山中選手は大阪市出身。東海大仰星高(現・東海大大阪仰星高)時代から司令塔であるスタンドオフのポジションで注目され、早稲田大時代、日本代表に選出された。1メートル88、95キロの体格と精度の高いキックが評価され、日本ラグビー界の逸材と期待されていた。

薬物違反、落選 平尾さん激励支え

競技人生が暗転したのは2011年4月、W杯ニュージーランド大会を控えた日本代表候補の合宿だった。口ひげを生やすため、禁止薬物が含まれる育毛剤を誤って使用し、ドーピング違反で2年間の資格停止処分となった。日本協会で説明を聞いた帰りのタクシーで、「今までやってきた全てが台無しになった」と涙を流した。

平尾誠二さん

ラグビー部を退部し、神戸製鋼所の社員として働きながら、一人でジムに通った。この間に励ましてくれたのが当時、ゼネラルマネジャー兼総監督だった平尾さん。会社で会うと昼食に誘ってくれ、世間話で気を紛らわせてくれた。「今が我慢する時や」とかけられた言葉は、心の支えとなった。

復帰後も本調子には戻らなかったが、平尾さんは「お前には期待している」と常に目をかけてくれた。そのおかげもあり、14年に代表へ復帰。だが、15年のW杯イングランド大会は直前で代表から落選し、恩返しができないまま、翌年10月、平尾さんは亡くなった。

3度目の挑戦で初めてのW杯をつかんだ山中選手は29日夕に記者会見し、「必死にやってきてW杯メンバーになれたことは、平尾さんもすごく喜んでくれていると思う。W杯の舞台で活躍している姿を見せることが、平尾さんへの恩返しになる」と意気込んだ。

前回代表「新たな歴史を」

強豪南アフリカに勝利するなど3勝を挙げた前回W杯イングランド大会に出場した元日本代表からは、新たな「桜の戦士」にエールが寄せられた。

フォワードの木津武士選手(31)は4年前、初戦のグラウンドに立った際の心境について、「厳しい練習に耐えた自信があり、全く緊張しなかった」と振り返る。「日本大会は声援が大きいだろうし、本当にうらやましい」と笑顔で話した。

「前回大会の活躍がかすむような結果を残し、新たな歴史を築いてほしい」と語ったのは、畠山健介選手(34)。東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市出身で、「大震災以降も各地で災害が起きている。選手たちは、困難な状況でも仲間と手を取り合って前に進む姿で、日本を勇気づけてほしい」と期待していた。

読売新聞は29日、号外約53万部を発行し、全国の主要都市で配布した。東京・新橋のJR新橋駅前で受け取った埼玉県ときがわ町の会社員男性(57)は、拓殖大学ラグビー部出身。「大学の後輩の具智元(グジウォン)選手が選ばれ、すごくうれしい。いよいよW杯。わくわくする。一致団結して戦ってほしい」と笑顔をみせた。

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