不屈の釜石 熱く…応援 天国の祖父の分も

ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会のフィジー―ウルグアイが25日、岩手県釜石市で行われた。会場は東日本大震災で津波被害を受けた地域に新設された釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム。地元誘致などに取り組んだラグビー関係者や市民らは大歓声に包まれた会場の熱気に興奮しながら、さらなる復興を誓った。

試合前に黙とうする両チームの選手と観客(杉本昌大撮影)=25日、岩手県釜石市の釜石鵜住居復興スタジアムで

1万6000席がほぼ埋まったスタジアム。試合前、選手や観客らは震災の犠牲者に黙とうをささげた。

市内の小中学生2000人が招待され、小学3年の佐野瑛大(えいた)君(9)も観客席で見つめた。祖父の正文さん(旧姓・細川)は日本選手権で7連覇した新日鉄釜石の元ラグビー選手。相手を次々と倒す熱血プレーで知られ、大きな体と俊足を武器に激しい運動量が要求されるフランカーで活躍した。現役引退後は釜石ラグビー協会長を務めるなどラグビーの普及に尽力。だが、63歳だった2011年の震災で妻、義母と共に津波の犠牲になった。

当時、生後7か月だった瑛大君は正文さんの記憶がない。地元クラブチーム「釜石シーウェイブス(SW)」で09年まで活躍した父竜介さん(42)の話や昔のラグビー雑誌で祖父の偉大さを知った。今春、SWのジュニアチームに入部し、竜介さんと毎朝、パス練習を繰り返す。

瑛大君はこの日、世界最高峰のプレーを目にし、正文さんが目の前で見たいと言っていたW杯の素晴らしさを感じた。試合後、「天国から見ていたおじいちゃんも喜んでいたはず。練習しておじいちゃんを超えたい」と興奮気味に話した。

誘致に尽力「万感」

「ラグビーの街」として知られる釜石。地元誘致には多くの人が関わった。新日鉄釜石ラグビー部で7連覇を支えた石山次郎さん(62)もその一人。がれきが残る震災直後、V7時代の仲間と復興支援などに取り組む「スクラム釜石」を結成し、活動を進めてきた。「W杯が復興と関係あるかと言われれば直接はない。でも、みんながひとつのものに向かって熱くなり笑顔になることは力になると思った。8年前に声を上げてよかった」と歓声で沸くスタジアムに目を細めた。

新日鉄釜石ラグビー部の前身チームの初代キャプテンで釜石観光ガイド会長の三浦達夫さん(84)は観光客らに復興を目指す地元の姿を伝えてきた。観戦後、「本当に多くの人が来てくれた。この熱狂を復興につなげたい」と話した。

震災からの復興をアピールする絶好の機会にもなった。スタジアム近くで歯科医院を経営する男性(51)は「まさに万感の思い」と語った。佐々木さんは津波で自宅を流され、親戚や患者も亡くした。地区の復興まちづくり協議会のまとめ役としてW杯誘致の意見を集約してきた。「当初は『復興が遅れる』との反対もあったが、復興に必ずプラスになると信じて推進した。やってよかった」とかみしめた。

震災時、津波被害を受けた街の様子をテレビで見てショックを受けたという英国人(24)は「街がきれいになっていて驚くとともに、山に囲まれた美しいスタジアムにも感動した。また来たい」と話していた。

釜石鵜住居復興スタジアム東日本大震災の津波で全壊した釜石市鵜住居地区の小中学校跡地に昨年7月建設された。W杯日本大会の12会場のうち、唯一の新設スタジアム。同市は震災で1000人以上の死者・行方不明者が出ており、スタジアムは「復興の象徴」となっている。

秋篠宮ご夫妻が観戦

フィジー対ウルグアイ戦を観戦される秋篠宮ご夫妻

秋篠宮ご夫妻は25日、釜石鵜住居復興スタジアムでフィジー対ウルグアイ戦を観戦された。

ご夫妻は試合前、会場の観客らと一緒に東日本大震災の犠牲者に黙とうされた。両チームの選手が得点を決めると拍手をし、時折ご夫妻で話しながら熱戦を楽しまれていた。ご夫妻は同日夜、新幹線で帰京された。秋篠宮さまは大会名誉総裁を務めており、20日の東京スタジアム(東京都調布市)での開会式では開会宣言をされていた。

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