【書評】日本は世界一の「ノーサイド」を見せて欲しい

「栄光のノーサイド」(増田久雄著 河出書房新社 税別1600円)

第2次世界大戦の最中、日系人でありながらラグビーのオーストラリア代表に選ばれた男がいる。後に日本軍の捕虜となるが、捕虜収容所で捕虜たちと日本兵とのラグビー親善試合を実現させた。今年7月に出版された小説「栄光のノーサイド」は、著者の増田久雄氏がこの男の存在を知り、現地取材をはじめ丹念に収集した資料に基づいて書き上げた一冊だ。

1944年、南方戦線ボルネオ島クチン(マレーシア)の日本軍の捕虜収容所で、敵味方で戦っている日本兵とオーストラリア兵のラグビーの親善試合が開催された。捕虜となったワラビーズ(ラグビー・オーストラリア代表の愛称)の選手、ブロウ・イデ(正式名はウィストン・フィリップ・ジェームス・イデ)と、戦前の大日本ラグビー軍にいた大石収容所長との奇跡的な出会いがそれを実現させたのである。

試合の開催が決まって間もなく、大石は捕虜たちの代表格でもあるブロウに次のような話をする。

「日本では、試合終了を告げる時には『ノーサイド』というんだよ」

「ノーサイド?」

「試合が終われば、敵も味方もない。サイドがなくなって一つになる、そういう意味が込められたゲームセットなんだ。私はこの言葉が好きでね」(過去から現在に至るまで、日本以外では試合終了をfull timeと呼んでいる)

ノーサイドの言葉は日本人の父を持つブロウの心に深く突き刺さった。

「栄光へのノーサイド」増田久雄著、河出書房新社

日系人でオーストラリア代表に

ブロウ・イデの父である井手秀一郎は佐賀県鍋島藩士の末裔で、織物商として来豪。オーストラリア人女性クララと結婚して4人の男の子に恵まれた。ブロウは四男で、兄たちの影響でラグビーを始めた。

ブロウは、名門ノーザン・サバーブ・クラブからラグビーのキャリアをスタート。オーストラリア代表(ワラビーズ)に選抜され、1938 年にニュージランド代表(オールブラックス)とのテストマッチに出場した。翌年にはイングランド遠征に参加するなど、国を代表する選手だった。

第2次世界大戦が始まると、陸軍に志願してマレー半島に赴任し、シンガポールで日本軍の捕虜となった。別の捕虜収容所に移送される時に船が攻撃を受け命を落とす。その際の我が身を犠牲にして戦友を助けた奮闘ぶりが、まさにワンフォーオールというラグビーの精神を体現しているとして、彼のレジェンドが生まれた。戦後のオーストラリアでは、彼を英雄としてたたえるブロウ・イデ・カップという大会が開催され続けた。

著者は映画プロデューサーだ。ブロウの生涯に深く魅了され、自ら脚本を3年がかりで書き、各所に映画製作を提案した。しかし日本映画では予算が合わず、アメリカは「アメフトの国」で、映画化は実現できなかった。ならば小説にと、「ロッキーホラーショー」の原案者で有名なジム・シャーマンらオーストラリアの映画人たちの協力で膨大な資料を集め、この本が生まれたのである。

収容所の試合 混成チームが「ノーサイド」

捕虜収容所でのラグビーの試合は、それぞれのチームがオーストラリア捕虜と日本兵の混成チームだった。オーストラリア捕虜にはブロウ以外にワラビーズの選手が2人。ほかのメンバーもほぼ全員がラグビーに親しんでいた。

対して日本は、1897 年に最初のラグビーの試合が開催されたものの、ラガーマンは少なかった。このため、日本兵の中にいた相撲や柔道の猛者や走り高跳びなど陸上競技の経験者を集め、にわか仕込みの選手が養成された。

試合では、力士や柔道家の日本人フォワードと大柄なオーストラリア重量級フォワードとのモール攻防は見応えがあり、幻に終わった東京五輪(1940年)の代表候補だった選手が俊足で観衆を沸かせた。何よりも、ブロウらワラビーズの選手が見せるオーストラリアラグビーの神髄ともいえる際立ったプレーが素晴らしかった。

ハーフタイムでは「それぞれの陣営の敵味方の2国の兵士たちが、ヤシの実を手にヤシ汁を回し飲む光景は、戦時下にあるということを忘れさせていた」と描かれている。つまり、日豪の戦争はこの時ノーサイドになっていたのだ。

盛り上がる試合での選手と観衆の歓びを打ち砕いたのが、試合の終了直前に起きたアメリカ軍機による空襲だった。B29 が爆撃し、戦闘機グラマンが機銃掃射を浴びせた。

最初にブロウが駆けだして「ノーサイド」と敵戦闘機に向かって叫ぶ。これはまず「俺たちのノーサイドの聖地を攻撃で汚すな」という怒りであり、次に「アメリカよ、ノーサイドにしよう」という呼びかけである。ブロウに続いて日豪の兵士が共に続き、集まり、全員で「ノーサイド」と叫ぶ。中に機銃で打たれた足を引きずっている者がいる。全員の想いが伝わったのか、戦闘機は銃撃を止めて引き返していく。

読後に生まれる期待

今回のラグビーW杯、日本は勝てるだろうか? 勝ってほしい。胸のすくような試合を決めるトライ、選手の雄叫び、耳をつんざくような歓声、テレビやネットで何度も繰り返される夢のようなシーン。それを日本中が期待している。

しかもこの物語を読んだ後では、さらに新しい期待が生まれる。ノーサイドの笛の後、勝者はいかに敗者をたたえ、敗者は勝者に握手を求め、皆、共に肩を抱くだろうか。世界中の選手のノーサイドを見たい。とりわけ、ノーサイドの本家本元、我が令和の日本人の勇士たちのノーサイドをぜひ見たい。戦争でなくスポーツで、他国と戦える現在の幸せをかみしめながら。(日本テレビ出版プロデューサー 将口真明)

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