[楕円の風景]壁また壁 もがき前へ…映画監督 西川美和


にしかわ・みわ 1974年生まれ。映画監督。2002年「蛇イチゴ」で監督デビュー。その後、長編映画「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」「永い言い訳」を発表。作家としても活躍し、小説に「きのうの神さま」「永い言い訳」、エッセーに「遠きにありて」などがある。現在、映画次回作を準備中。

にしかわ・みわ 1974年生まれ。映画監督。2002年「蛇イチゴ」で監督デビュー。その後、長編映画「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」「永い言い訳」を発表。作家としても活躍し、小説に「きのうの神さま」「永い言い訳」、エッセーに「遠きにありて」などがある。現在、映画次回作を準備中。

9月22日、副都心線の車内にタータンチェックのスカートを
穿(は)
いた中年の白人男性がすました顔で乗っていた。東京から横浜に向かう列車は一駅ごとに緑のジャージーと濃紺のジャージーを着た外国人でひしめき合うようになった。彼らはその日、横浜国際総合競技場で行われるアイルランド対スコットランドのラグビーを観るためにやって来たお客さんだったのだ。私にとってはこれが初のラグビー生観戦である。

新横浜駅前からの往来はもはや日本じゃないような騒ぎだった。けれど、強豪国同士の一戦前の緊張感はなく、皆なごやかな笑顔だった。アイルランド国旗の色の帽子のご夫妻が、キルトスカートのおじさんグループと並んで写真を撮ったり。

アイルランド代表は「北アイルランド」と「アイルランド共和国」との連合チームである。アイルランド島は長い間英国に支配され、独立戦争の後に国境線が引かれて分断された。しかしその後も英国領として残った北アイルランド内のプロテスタント系住民とアイルランド帰属を望むカトリック系住民の間で対立が続き、30年で約3500人もの死者を出した。

日本でも何度も耳にしてきた「北アイルランド紛争」だが、私はなかなか実感を持つことができずにきた。同じ島の者同士が、思想や宗教の対立で爆弾テロを起こして殺し合うことへの想像がしづらいのは、私が同じ島国に生きながら、外の国に長く支配されたり、領土が分断されたりした歴史の傷を負わないからだろう。同じ言語や文化を持つ同胞同士で出自の探り合いを繰り返す日常の重々しさは、どんなものだろうか。

しかしアイルランドのラグビー協会は分断後も島のラグビーを統括し続けた。南北で違う国家、宗教、思想の人々が集まり、一つのチームメイトとして固くスクラムを組んできたのだ。
痺(しび)
れるじゃないか。F・マリノス通りでビール片手に肩を組みあう緑のジャージーの人々が、北から来たのか南から来たのかはわからない。けれど日本のスタジアムに集まった彼らが、彼らのチームを応援することを応援したいと思った。

観客動員数は6万3731人。ラグビーでは、チームによって応援席が区分けされていない。どちらのサポーターも隣り合い、良いプレーが出れば全方位から地鳴りのような声が
轟(とどろ)
く。アイルランドが一つになっているだけではない。グラウンドで戦う者を囲む誰もが一つになるのだ。

アイルランドは下馬評通り実直で、強かった。ルールさえおぼつかない私にすら、その鉄壁の前にスコットランドが攻めあぐねているのがわかる。

それにしても、なんと見ていて苦しいスポーツだろうか。ボールを抱きしめて、全力で前進しようとするが、阻まれる。前にボールを運びたいのに、パスを許されるのは後方のみだ。進もうとしては行く手を阻まれ、仕方なく後方に下げてまた別の前進を試みる。それでも阻まれる。壁。壁。また壁。常に前を向いているのに、前進するばかりか、結果的にはじわじわと後退させられていたりするのだ。自分が監督する映画のクランクインを目前にして手詰まりを起こしている私は、まるで己の仕事ぶりを見るような気がしてほとほと泣きたくなった。

けれどその苦しさが、ラグビーの魅力のように思う。連合のアイルランドを応援するつもりが、1トライすらできずに終わったスコットランドを好きになっていた。大会が終わる頃には、この苦しくて
清々(すがすが)
しいスポーツをもっと好きになっているだろう。

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