震災を乗り越えた「復興芝生」、ラガーマンの情熱が世界の舞台で輝く

ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本対サモア戦が行われる豊田スタジアム(愛知県豊田市)は、東日本大震災の被災地で育った「復興芝生」が使われている。ラガーマンが中心となって、津波で壊滅的な打撃を受けた土地を蘇(よみがえ)らせ、育て上げた。

■津波がイチゴ畑を呑み込んだ

大会公式球を持つ大坪さん

「芝生を育てようと言った時は『たわごと』だと思われた。当時はこんな日が来るとは思わなかった、夢のようです」。「復興芝生」を生産する会社の社長、大坪征一さん(79、仙台市)は、万感の思いを口にする。現在、芝が育てられている宮城県山元町は太平洋に面しており、東日本大震災では、地震発生から約1時間後に津波が押し寄せ、町の約37%が浸水。2217棟が全壊し、637人(震災関連死を含む)が犠牲になった。

東日本大震災当日の宮城県山元町=本社ヘリから、菅野靖撮影

山元町出身の大坪さんは、震災翌日に故郷を訪れた。海に近い実家周辺も一面、海のように冠水しており愕然(がくぜん)とした。それまでイチゴを育てるハウスや畑が広がっていたが、津波が何もかも呑み込んでしまっていた。

■塩害に強い「芝生」で復興目指す

農家を営んでいた友人たちはその惨状に気力を失い、仮設住宅に引きこもりがちになっていた。「故郷を復興させたい、雇用を生み出してみんなを元気づけたい」一心で、荒れ果てた広大な土地でも有効活用できる方法は何かを考えた。営んでいた会社は、スポーツ施設の管理施工を行っていた。そこから、競技場などに使われる塩害に強い芝生の栽培を思いついた。

育成中の「復興芝生」=2014年9月撮影

震災から2年後、地元農家や民間企業が共同で生産会社を設立して大坪さんが社長に就任。被災農家らから農地を借りて栽培に成功し、「復興芝生」と名づけた。

すると、「水はけが良く、激しいスポーツにも耐えられる芝」であることが豊田スタジアム側に評価されて採用が決まり、ラグビーW杯前に納入された。

■ラグビーW杯会場の芝に…運命を感じる

試合前に豊田スタジアムの「復興芝生」を踏みしめる大坪さん(右)=辻本昌孝さん提供

大坪さん自身も、高校、大学、実業団でラグビーのプレー経験があり、今も地域のクラブで楕円(だえん)球を追うラガーマンだ。ラグビー世界最高峰の大会を、足元から支えることができる巡り合わせに運命を感じた。

豊田スタジアムでの初戦(ウェールズ対ジョージア)となる9月23日は、スタジアムで観戦した。晴れ舞台に万全の準備で臨みたかったが、直前に、ラグビーの試合でタックルした際に相手のスパイクで左目の上を切り、5針縫うケガをしてしまった。

ばんそうこう姿になり「みっともない」と思ったが、会場に行く前、ジョージアのファンと交流する機会があり、ラグビー話で盛り上がると傷が現役ラガーマンであることを証明する形になり、誇らしかった。試合観戦中は、荒廃した故郷を仲間たちと「ワンチーム」になって復興に頑張った日々が蘇り、涙があふれた。

■夢の続きは東京五輪…踏まれても立ち上がる、復興のシンボルに

宮城スタジアムでは「復興芝生」を敷く作業が行われた(2日、高野陽介撮影)

「復興芝生」は来年の東京オリンピックのサッカー会場の一つ、宮城スタジアム(宮城県利府町)にも採用され、1日から張り替え作業が始まった。大坪さんは「どんなに踏まれても立ち上がる復興芝生の強さは、被災から復興した日本人の強さと重なる。復興のシンボルとして世界に知ってもらえたら」と話している。(読売新聞オンライン 河合良昭)

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