4372憶円といわれる経済効果、実感できるの?

世界的なスポーツイベントの日本誘致で、いつも誘致理由のひとつに経済効果が挙げられる。今年のラグビーワールドカップ(W杯)2019日本大会の場合、インフラ投資なども含めた全体の経済波及効果は4372億円(組織委員会)に上ると見込まれている。そのうち最も大きいのがインバウンド(訪日外国人客)の国内消費1057億円だ。この外国人消費を狙い、試合が行われる地方でも水面下で企業間競争が激化している。

インバウンドへの期待が高まる開催都市 熊本市

韓国人客も訪れるホルモン焼き肉店(熊本市で)

W杯では強豪のフランスやウェールズの試合が予定されている熊本市。昨年末のある晩、地元デパート「鶴屋百貨店」の近くにある繁華街「駕町通り」沿いのホルモン料理店「ホルモンマン」に、韓国人グループが入ってきた。

席に座ると、すばやくハングル(韓国語の文字)で書かれたメニューが出された。ホルモンや焼き肉のセットメニューがズラリと並ぶ中から、アルバイトが英語で注文を聞いていく。あらかじめ味付けしていないものを好む韓国からの客に合わせ、店では、タレにあまり漬け込んでいない肉も用意している。自分好みの味でいただいたお客は「おいしいね」などと話しながら、満足そうにスマホで料理の写真を撮っていく。

この店の外国人客は韓国ばかりでなく、台湾や中国からの客も増えつつある。アルバイトは中国からの留学生で、台湾、中国本土のお客とはもちろん母国語で対応する。

店は面積約70平方メートル、最大客数が38人という、ありふれた小規模店舗だ。ただ、2017年から、韓国人ブロガーに店で料理を食べてもらいブログで紹介してもらうプロモーション策を取り入れた。

観光案内サイトのような紋切り型の説明ではなく、店や料理の様子、おすすめの食べ方などから受けた個人的な印象を、写真なども多用して「口コミ」「肉声」で伝えてもらうことで、店を訪れる韓国人を増やそうという狙いだ。ブロガーの招待費用などはかかるものの、「影響力のあるブロガーの場合、効果は大きい」(同店を経営する「安坐」の樋口雄大・統括部長)という。

「ホルモンマン」を紹介する韓国ブロガーのサイト
(1) http://bigstonepr.net/221340769601
(2) https://blog.naver.com/godlovedmsal/221332787256

この試みが奏功したこともあり、「店舗の売り上げに占める外国人比率は、今や10%を占める。日本人の客数は変わらないので純増になる」と樋口部長は語る。現在、インバウンドを狙い撃ちした実験店は、同社店舗の中ではホルモンマンだけだが、樋口部長は「W杯が行われる前には他店舗でも導入したい」と、インバウンド需要のさらなる取り込みをもくろむ。

進みつつある飲食店の多言語対応

小規模かつ資金力に乏しい店が多い飲食店の多言語対応はこれまで難しかったが、ここに来て徐々にではあるが進みつつある。

それを後押しするのがグルメサイトだ。特に熱心な飲食店予約サイト大手「ぐるなび」は、2004年からある「ぐるなび外国語版」をリニューアルし、「インバウンド大作戦」というサービス名に変えて飲食店に売り込んでいる。

メニューやクーポン情報を英、中(繁体字、簡体字)、韓の4言語に変換する機能もあり、オプションサービスとして、外国人の対応に役立つ外国人アルバイトの紹介サービスも一部地域で始めている。アルバイトとして登録している国籍数は200か国を超える。

また、クレジットカードだけでなく、中国で普及している決済サービス「アリペイ(支付宝)」と「ウィーチャットペイ(微信支付)」や電子マネーに対応した決済サービスの提供も始めている。

海外サイトとの連携戦略も進む

熊本会場の試合を告知する垂れ幕が連なる熊本市中心街

ぐるなびは海外サイトとの連携も進めている。「外国人が最初にぐるなびのような日本のサイトをみることは少ない。このため、海外のサイトとの予約連携を進めている」(ぐるなび広報グループの増田佳子リーダー)という。

世界最大の旅行口コミサイトで欧米系の「トリップアドバイザー」や、台湾の旅行会社最大手「雄獅旅遊」、中国最大手の口コミサイト「大衆点評」と、ネット予約で連携している。加えて、海外からのネット予約では事前決済サービスも導入し、インバウンド営業で悪評高い「ノーショウ」(予約客が当日連絡もなしに来店しない)の予防につなげている。

日本にある飲食店は約50万店といわれるが、そのうちぐるなびの有料加盟店は都市部を中心に約6万店(2018年3月現在)ある。「インバウンド対策をテコに、地方も含め、加盟店舗数の拡大を図りたい」(増田リーダー)と、ぐるなび自体の成長にもつなげる目算だ。

一方、海外勢も負けていない。アメリカのAirbnbは直接、大分県別府市などの旅館組合や全日空、JR各社などと組んで、観光情報の発信のほか予約業務、クーポン配布などを強化している。

従来のビジネスモデルから変わる企業、自治体

W杯を契機としたインバウンド需要の取り込みを図ろうというのはネット企業だけではない。大手旅行会社のJTBは2017年、欧州のSPORTS TRAVEL & HOSPITALITY LTD.(STH)の日本法人「STH JAPAN」を立ち上げ、スポーツホスピタリティー事業に進出した。

これは、単なる試合観戦ではなく、特別で上質なサービスも加えてパッケージとして販売するもので、W杯日本大会の国内唯一のオフィシャルトラベルエージェントとなっているJTBは、観戦チケット付きツアーの販売に加え、イベント協賛企業などに高級な観戦パッケージを売り込んでいる。

JTBの「スポーツホスピタリティー」サイト
https://www.jtb.co.jp/sports/rwc2019/hospitality.asp

海外で行われるスポーツイベントでは、協賛企業が試合会場の一角に設置した専用ブースなどで、得意先や今後関係を深めたい関係者などを招いて試合を見ながら一緒に食事をして商談などにつなげるケースがある。ラグビーだけでなく、アメリカの大リーグやアメリカンフットボール、自動車レースのF1、サッカーなどでも行われている。

STHは、過去3回のラグビーW杯や、2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックでホスピタリティー事業を担当しており、ロンドン五輪では約130億円の収入があった。

JTB法人事業本部事業企画部の田島芳美・広報担当部長は「まずはSTHと組んで、スポーツホスピタリティーのノウハウを取得していく。ラグビーW杯以降、他のスポーツでも商売ができるようにしたい」と意欲的だ。

地方旅行が便利になるというメリットも

スポーツイベントというと、ハコモノ優先で大規模な競技場や関連施設を地元に建設してきた自治体などの行政側も変わりつつある。

長崎ランタンフェスティバル(長崎県観光連盟提供)

九州地方の知事会や経済団体で構成する九州地域戦略会議は、ラグビーW杯の期間中となる9月28~29日に、熊本市内で、九州各県と山口県の代表的な祭りを集めた「祭りアイランド九州」を実施する。「博多祇園山笠」(福岡県)、「唐津くんち」(佐賀県)、「長崎ランタンフェスティバル」(長崎県)、「高千穂神楽」(宮崎県)など36の祭り団体が参加するほか、W杯開催中に九州、山口各地で行われる秋祭りでは、外国人へのおもてなしサービスなどを提供するという。

ラグビーの場合、選手の体力回復に配慮して試合の間隔が比較的長いため、外国から観戦に来ても、合間に国内観光が十分にできる。サッカーなどと比べ、ファンに富裕層が多いというデータもある。試合観戦のついでに、お祭りなどのイベントを組み合わせて九州各地の観光を楽しんでもらうことを期待しているのだ。

高千穂神楽(高千穂町観光協会提供)

組織委の経済効果が試算通りになるかは、天候や大会の盛り上がり具合など不確定要素も多分にある。ただ、地方でもネットビジネスが浸透し、現金不要の電子決済サービスがさらに普及するだろう。そうなれば、日本に住む身にとっても、地方への旅行が便利になるということは間違いなさそうだ。(メディア局編集部 松崎恵三)

<<
コラム一覧へ戻る
>>