静岡ラグビー物語~ボールと一緒に膨らんだ子どもたちの夢

数々の原画が飾られた仕事部屋で、ラグビーボールを手にインタビューに応じる鈴木のりたけさん

楕円球を模した絵本「らくがきボール」

「ボールなのに まるくない。へんな かたち。」

ラグビーを題材にした絵本「らくがきボール」が2月、小学館から発売された。絵本は楕円(だえん)球を半分にした形で、表紙をめくると本物のラグビーボールと同じ大きさになる。

黄色く塗ると、レモンに見える。黒く塗ると、ジュージュー、音を立てて焼けるステーキの皿になる。銀色に塗って夜空に蹴り上げれば、宇宙船と見間違えたりして――。

こんなに楽しい想像の世界を見せてくれる作者は「鈴木のりたけとラグビー選手の仲間たち」だ。鈴木のりたけさん(43)は浜松市出身の絵本作家で、代表作に『ぼくのトイレ』『しごとば 東京スカイツリー』などがある。

楕円球の体裁は、自分の3人の子どもたちがヒントをくれた。ラグビーをテーマにした絵本を作ろうと、本物のボールをネット通販で購入した。夜、自宅に届いたボールに、まず子どもが反応する。「何、これ」

ボールを取り合い、しばらくするとパジャマの下に新聞紙を詰め込み始めた。「ラグビーって言ったらマッチョだから」

楕円球は投げ方次第で取りやすくも、落としやすくもなる。一番上手にキャッチできる人が王様、落とせば貴族、その下は平民、さらに奴隷。ラグビーボールは子どもの遊びの世界をどんどん広げていった。

「ボールの形が子どもたちの想像力を刺激し、膨らませた。楕円球から何かを想像しようというのが絵本のスタートでした」。鈴木さんはこう振り返る。

「ラグビーを身近なものにしたい」と話す畠山健介選手

静岡県で思い浮かぶスポーツといえばサッカーだろう。鈴木さんも「友達が集まればサッカーをやるという感じで、部活をしてなくてもうまい奴(やつ)は結構いた」という。実は、絵本を描くまで、ラグビーはたまにテレビで見るくらいだった。今は一人のファンだ。「ルールを知ろうと図書館で本を借りたけれど、頭でっかちになるほど面白くなくなる。ラグビーって、ドカン、バチーンみたいなもの。勝手に体が動く感じが面白いところでしょ」とラグビーの魅力を語る。

「初めからクラスの一員みたいな存在に」畠山選手

『らくがきボール』を鈴木さんと一緒に作った「ラグビー選手の仲間」は、日本ラグビーフットボール選手会長の畠山健介さん(33)たちだ。絵本作りは畠山さんの発案だった。

前回2015年ラグビー・ワールドカップ(W杯)に出場し、日本が勝利した南アフリカ戦では先発した。

「あの試合でラグビーもメジャースポーツになると信じて疑わなかった。ところが、W杯が終わると勢いを失ってしまった」

絵本を作ろうと思ったきっかけは、子どもへの読み聞かせだ。

「読み聞かせる絵本は、自分が子どもの頃に親しんだ絵本だった。ラグビーも子どもの頃から親しむことが普及につながる」

こうした考えを選手会長に就任した2017年5月の理事会で伝えた。

畠山さんは「ラグビーは転校生だ」という。「今は高校の部活にラグビー部がないところもある。大学に入ると急に現れるのが『ラグビー君』です。やんちゃだけど、いい奴。ただ、なじむのに時間がかかる」

そんな「ラグビー君」を、絵本を通じて「初めからクラスの一員、人生の一部のような存在にしたい」と願っている。

小学生の頃にラグビーを始めた畠山さんは「親以外の大人に初めて褒められたのがラグビーで、自分を生かせると思った」という。球技であり、格闘技でもあるラグビーの魅力については「人それぞれにいろいろな楽しみ方がある」と話す。

W杯には2大会連続で出場した。「普段のテストマッチ(国際試合)とは雰囲気が全く違います。選手と観客が、その時間と空間を共有する、みんなで作り上げる特別な舞台です」

大舞台を前に「ラグビー君」のPRに力が入る。

「サッカーだけじゃない」静岡にラグビー浸透中

愛野駅からエコパスタジアムまで2000人以上の住民がラグビーボールをリレーして大会をPRした(2018年6月、静岡県提供)

静岡県に世界のラグビーがやってくる。W杯で会場となる袋井市の小笠山総合運動公園エコパスタジアムでは、グループリーグ4試合が行われる。日本を含む8チームが、静岡、浜松、掛川・磐田、御前崎の各市でキャンプもする。

サッカーが代名詞ともいえる静岡県にとって、ラグビーは畠山さんの言う「転校生」のような存在だ。「開催都市の中では、人口に比較してラグビー競技者数は少ない」(静岡県ラグビーワールドカップ2019推進課)のが実情でもある。

ハンデを克服しようと、県などが普及活動を精力的に展開する。2018年6月には会場最寄りのJR愛野駅からの約1.2キロをラグビーボールでつなぐ「2019人の地元代表! ラグビーパスリレー」を開催し、予想を上回る2197人が参加した。

「ももクロ」百田夏菜子さんが開催都市特別サポーターを務める(県の観戦ガイドより)

静岡大会をPRする開催都市特別サポーターには、アイドルグループ「ももいろクローバーZ」のメンバーで、浜松市出身の百田夏菜子さんらを起用した。県などが作った観戦ガイドの表紙にも、「ラグビー初心者 百田夏菜子も本気で応援!」という吹き出し付きで登場させて盛り上げる。

約5万人収容のエコパスタジアムは、座席が特産のお茶とミカンにちなみ、緑とオレンジで彩られている。2002年サッカーW杯日韓大会の会場にもなった。ラグビーでは2017年6月、日本とアイルランドのテストマッチが行われた。同スタジアムを指定管理者として運営する県サッカー協会グループの松林啓介さん(41)は「グラウンドの芝は両チームとも評価してくれ、『またここでやりたい』と言われた」と胸を張る。

日本とアイルランドは、くしくも今年9月、同スタジアム初戦となるグループリーグで再戦する。前回は22―50で完敗した日本がどれだけ迫れるか。注目したい。

芝生はアイルランド代表にも好評だったという。客席の緑はお茶、オレンジはミカンを表し、山並みや駿河湾の波をデザインしている

小笠山総合運動公園エコパスタジアムの試合日程
▽予選プール
9月28日(土)日本 対 アイルランド
10月4日(金)南アフリカ 対 イタリア
10月9日(水)スコットランド 対 ロシア
10月11日(金)オーストラリア 対 ジョージア

渡辺 嘉久(わたなべ・よしひさ) 読売新聞東京本社編集委員。1964年、東京都生まれ。1987年、読売新聞東京本社入社。青森支局、社会部、政治部、世論調査部などを経て2013年から現職。「若者と政治」をテーマに幅広い分野を取材する。年間企画「平成時代」、夕刊「密着」なども担当。大学時代に同好会でラグビーを始め、入社以来のブランクを経て40歳過ぎで再開。今も時々、プレーを楽しむ。

関連コラム

<<
コラム一覧へ戻る
>>