夢はかなうと教えてくれた釜石~稲沢裕子の読むラグビー&ときどき映画案内

あれから8年。3月11日が今年も巡ってくる。東日本大震災で津波に襲われた「鉄と魚とラグビーの街」岩手県釜石市は、ラグビーワールドカップ(W杯)開催に向けて、一歩ずつ前へ進む。大会史上、最も小さな開催地とされる釜石の復興への道のりを、世界が注目している。

ワールドカップに向けて前へ

「3月9日には高速道路が開通して、3月23日には三陸鉄道がつながる。また、ずいぶん変わりますよ」

大会PRのためラッピングされた三陸鉄道の車両(2018年8月18日)

電話の向こうの声が弾んでいた。声の主は、釜石市ラグビーW杯2019推進本部事務局主幹の増田久士さん。

東大ラグビー部出身で、卒業後に関東ラグビーフットボール協会事務局に入り、「日本のラグビーを支えるのは釜石だ」と、2006年から地域密着型のクラブチーム・釜石シーウェイブス(SW)事務局長として、さらに釜石市の職員として、ラグビーW杯開催という夢を追い続けてきた一人だ。

人口約3万3000人の釜石市が、1万6000人の観客を迎えて、9月25日にフィジー-ウルグアイ、10月13日にナミビア-カナダの2試合を開催する。

会場となる釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアムは、全国12会場の中で唯一、新設された競技場だ。ただ、アクセスが課題だった。それも9日に東北横断道の釜石秋田線が全面開通し、東北道や新幹線が通る花巻市中心部から復興スタジアムまで所要時間は、震災前の124分から83分に短縮されるという。津波被害で休止中の鵜住居駅も23日の三陸鉄道リアス線の全線開通で再開すると、電車でスタジアム近くまで行けるようになる。アクセスが改善すれば宿泊先の選択肢も広がる。

被災地でW杯が開催される意義は計り知れない。震災以後、数々の困難と課題を乗り越えてきた足跡をたどる2冊を紹介したい。

釜石の夢と大漁旗

青い空に緑の芝が映える釜石鵜住居復興スタジアム(2018年8月20日)

<悔しい。尊い人が死んでいく。その分、這(は)いつくばってでも生きなければならない>

松瀬学「負げねっすよ、釜石」(光文社)

2011年3月11日、増田さんが自身の震災日記に最初に記した言葉を、「負げねっすよ、釜石―鉄と魚とラグビーの街の復興ドキュメント」(光文社)が伝える。現在、日本体育大学准教授を務める松瀬学さんが、ノンフィクションライターとして、釜石のラグビーや製鉄、漁業の関係者にインタビューを重ね、震災から7か月後に出版した。

震災直後の釜石を丹念につづった貴重な記録であるだけでなく、W杯誘致が復興のシンボルになっていく様を記録した数少ない書だ。

釜石SW事務局次長(現・常任理事)だった浜登寿男さんは、津波で両親と妻、三女を亡くした。その浜登さんのもとに、親友から、瓦礫(がれき)となった実家で見つかった木箱が届けられた。中は大漁旗だった。このうち50枚を釜石SWがもらい受けた。

「富来旗」または「福来旗」と書き、「ふらいき」と読む。大漁旗は釜石SWの応援に欠かせない。

「2019年ラグビーW杯日本大会の釜石開催」は、これまでのW杯をすべて取材してきた松瀬さんが「最初、聞いた時、こちらは冗談かと思った」のは、むしろ当然だろう。増田さんの寄稿「ひたむきに夢とホラを追い求め」を引用する形で誘致活動の序章が紹介される。

――東日本大震災で人口の3%が犠牲になった釜石では「悲しみの災厄から逃れた人はいない」。その「どうにか虚脱から抜け出して、なんとしても走り出さなければならないとき」、「SWの支援メンバーが思いを共有し、2019年ラグビーW杯の試合を釜石に呼ぼうという運動がおこった。夢とホラなら責任も生ぜずに、『夢』は『現(うつつ)』に、『ホラ』は『真』に変化する。『夢』『ホラ』として、『ひたむきに』追い求めることにした」というのだ。――

富来旗がはためく釜石鵜住居復興スタジアム(2018年8月19日)

<釜石には夢と大漁旗がある>。増田さんが震災から半年後、日記に書いた言葉で、この作品は締めくくられる。

ホラの実現に動き出した歯車

大友信彦「釜石の夢 被災地でワールドカップを」(講談社)

「SWの支援メンバー」とは、かつて「北の鉄人」と呼ばれ、日本選手権7連覇を達成した新日鉄釜石ラグビー部OBの松尾雄治さん、石山次郎さん、高橋博行さんらを指す。震災から2か月後に支援組織「スクラム釜石」を結成した。

その理事でもあるスポーツライター・大友信彦さんの「釜石の夢 被災地でワールドカップを」(講談社文庫)は、夢の成り立ちから、2015年3月2日のW杯開催会場発表で釜石が歓喜に包まれる瞬間までの4年間を凝縮している。

同書によれば、最初にW杯釜石開催を口にしたのは、釜石SWの高橋善幸GM(現最高顧問)だ。釜石SW発足時から監督、GMとして釜石市民とともにあるチーム運営に腐心してきた人の言葉に、スクラム釜石が動く。2011年7月にW杯釜石開催の要望書を釜石市長に手渡す。

2012年には、神戸製鋼ラグビー部が釜石を訪れ、GMの故平尾誠二さんが「RWC2019釜石誘致応援フォーラム」で、「人間の心に宿る効果、地域にもたらす勇気の力が(経済効果より)はるかに大きい。釜石の人たちがラグビーW杯の試合を見ることで勇気づけられることこそが、W杯を開く価値」と語りかけた。

これで市民が夢を共有し、「歯車が回りだした」という。平尾さんは新日鉄釜石と何度も対戦しており、その神戸製鋼は日本選手権7連覇を達成した2日後に阪神大震災に遭っていただけに、震災復興やラグビーが持つ力に特別な思いがあったのだろう。

復興スタジアムに込められた思い

平尾さんの参加したフォーラムは、その後も市民とW杯を考えるタウンミーティングとして続く。筆者は2014年に招かれて、初めて釜石を訪れた。多くを語る立場にはない。ただ、そのときに見た鵜住居の光景を、忘れることはできない。

瓦礫は撤去され、基礎だけを残してコンクリートの地面が広がっていた。かつて、そこに建物があり、人々の暮らしがあったと訴えているかのようだった。そのとき建っていたのは、W杯招致活動の拠点となるラグビーカフェの入ったプレハブと、慰霊堂だけだった。

津波で壊滅した鵜住居小(左奥)と釜石東中。3階まで津波が達し、体育館(手前)も崩壊した(2011年3月20日)

この場所に釜石東中学校と鵜住居小学校があった。津波が来たらとにかく逃げる「津波てんでんこ」の教えを身に付けた中学生が、小学生の手を引いて避難し、学校にいた全員が無事だった。「釜石の奇跡」の象徴ともされる。

一方、鵜住居地区防災センターに避難した住民約200人は命を落とした。そこは避難訓練も行われていたが、本来、津波から逃れるための建物ではなかったのだ。奇跡と悲劇が交差する鵜住居地区にラグビーW杯を誘致するという説明を聞きながら、どうしても大会風景を思い浮かべることはできなかった。

2015年1月、W杯の会場選定のためワールドラグビーの担当者らが鵜住居を視察したときも、スタジアムは影も形もなかった。苦肉の策として、スタッフがスタジアム建設予定地を囲むように立ち、その場で富来旗を振った。視察団にスタジアムの姿を思い描いてもらうと同時に、誘致にかける熱意をアピールしたのだ。裏方の苦労は本書第5章「富来旗」に詳しい。担当者はこの光景に感激した。奇跡の富来旗が夢を“現”にした。

未来への出航

2018年8月19日、釜石鵜住居復興スタジアムがオープンした。剥(む)き出しのコンクリートに代わって緑の芝が一面を覆い、スタジアムの屋根はまるで帆を張るように、あるいは翼を広げるように空へと伸びている。

完成セレモニーでは、釡石高校2年洞口留伊さんが「このスタジアムがつくられたのは、私の小学校があった場所。入学するはずだった中学校があった場所。そして、離れ離れになってしまった友だちと、また会える大切な場所。今日は、そんな思いのつまったスタジアムが生まれた日」とキックオフ宣言をした。「このスタジアムはたくさんの感謝を乗せて、いま、未来へ向けて出航していく」

この日もスタジアムには富来旗が翻っていた。

セレモニーでキックオフ宣言をする洞口留伊さん(2018年8月19日)

今年3月11日、鵜住居地区防災センター跡地に震災犠牲者の追悼施設「釜石祈りのパーク」がオープンする。23日には津波伝承施設「いのちをつなぐ未来館」も開館予定だ。

7月27日には、ワールドラグビーパシフィック・ネーションズカップ(PNC)で、日本-フィジーの代表戦が開催される。ラグビーW杯開幕まで200日を切った。悲劇を未来の夢に変える釜石の努力が、いよいよ実現に近づいている。

もっと知りたい人のために
「伝説の名勝負 ’85ラグビー日本選手権 新日鉄釜石 vs.同志社大学」(NHKエンタープライズ)
社会人と大学がラグビー日本一を競う対戦が成人式の年中行事だった1985年1月15日、新日鉄釜石がラグビー日本選手権7連覇をかけて同志社大学と旧国立競技場で6万2000人の観客が見守る中で対戦した。この試合を、監督兼選手だった松尾雄治さんと、同志社大学主将代行だった平尾誠二さんが試合映像を見ながら振り返る。この試合を最後に松尾さんは引退し、平尾さんが日本ラグビーを牽引(けんいん)していく。

プロフィル】稲沢 裕子(いなざわ・ゆうこ)
1982年読売新聞東京本社入社。社会部、生活部、経済部記者、ヨミウリ・オンライン編集担当から女性向けサイト「大手小町」編集長。調査研究本部主任研究員を経て、2018年4月から昭和女子大学特命教授。2013年6月、日本ラグビーフットボール協会の女性初の理事に就任。

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